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わんこと夜のうさぎ 5 

「白狐さまー!白狐さまー!早く出てきて。お願いだから。」

必死に叫んだら、荼枳尼神社の白狐さまは、祠の奥から神々しい姿を現した。
輝く髪と綺麗な顔の位の高い白狐で、俺の父ちゃんの恋人だった。

「……仔犬。どうした、血相を変えて……?」

まるで情事のあとという風な隠微な雰囲気の神様は、しどけなく引きずりの着物を引き上げながら出て来た。

「神さま。お願いがあるの。こいつのこと、見てやってください。」

「俺、こいつの飼い主にオージービーフの恩義があるの。それって、きちんと返さなきゃいけないんだよね。」

「どれ……。」と、白狐さまは俺が抱いたうさぎを受け取ろうとして、顔色を変えた。

「仔犬。これはとんでもないものになりかかっているぞ。」

「とんでもないもの……?」

「余程、強い想いがあったと見える。生身のまま生霊になってあちこち彷徨い歩いたせいで、たちの悪い浮遊霊になりかかっている。哀れじゃの。」

「し……白狐さま。こいつ帰ってこない飼い主の事を一生懸命探していたんだ。昨日、やっと会えたって河原で泣いてたんだ。こいつの飼い主、車に轢かれて河原に埋められてるんだ。俺、河原でそいつの霊に会ったんだ。助けてやって!お願いだから。」

「どれ。」

白狐さまは、俺の話を聞くと、九字を切るとその場でうさぎを人型にした。
うさぎは俺の胸にどんと飛び込み、昨夜と同じようにただ「七糸」と、繰り返した。きっと悪い霊になりかかっていて、正気を失いかけているんだと思う。同じ名前の俺のことを飼い主だと思い込んでいるんだ。
足元に崩れたうさぎの額に手を当て、白狐さまは兎の感情を読み取ってゆく。
白狐さまは、長いため息を吐き、「よしよし、すぐに会わせてやろうな……」と哀しげな優しい顔を向けた。互いを殺し合う人間は、こうやって罪もない動物を苦しめていることにすら気が付かない。
こいつは、悪いことなんて何もしていない。俺みたいに、ただ「かいぬし」が大好きなだけだ。

「白狐さま……?こいつは、河原の奴に会いたいんでしょう?」

「おそらく死んだことも判らないで佇んでいたのが、飼い主だろうよ。そっちも地縛霊になりかかっているようだの。どれ……今、この身に魂魄を呼び寄せて依らせてやるから、お待ち。」

白狐さまの姿が、揺らいでおぼろげになり、白く神々しい光の粒子に包まれた。
眩くて思わず細めた目に映ったその姿は、俺が河原で見た土饅頭の傍にいた少年の姿に変化していた。
輪郭がゆらりと揺れた。

『シロ。ありがとう。ぼくの事捜してくれたんだね。』

「七糸。どうしておうちに帰ってこないの?ぼく、一生懸命探したんだよ。」

「おうちに帰りたかったよ。大好きなシロ……、突然、冷たい土の中に埋められてしまって、どうしていいかわからなくなったんだ。身体中痛くて、どうしようもなかった。」

「七糸の匂い捜したんだよ。自転車の油の匂いと七糸の匂い……でも、なかなかわからなかった。七糸はどこにもいなかった。河原で七糸を見つけたと思ったけど……わからなかったんだ。」

「血が流れたからね……。でもね、シロが捜してくれたから、一緒に帰れるよ。また一緒に遊ぼう、シロ。」

「うん……うん。七糸……。」

「ぼくはこれからいつも傍にいるから、シロも元気になってお母さんの傍にいてあげて。シロがいなくなったらお母さん、一人ぼっちになっちゃうだろ。ぼくの姿は、お母さんには見えないから……。シロまでいなくなったら、きっとおかしくなっちゃう。」

シロという名のうさぎは、とうとうこくりとうなずいて、この世に残り、七糸のお母さんの傍にいると約束した。長いこと少年はシロを撫でてやっていたが、やがて淡い霊の姿になると白狐さまから離れ、深々と頭を下げると礼を言ったんだ。

「できれば……このまま成仏しないで、おかあさんとシロの傍にいてやりたいです。許されない事でしょうか。」

「大丈夫だよ!白狐さまは誰よりも綺麗なだけじゃなくて、すごく心も優しいんだ。霊験あらたかで出来ないことないなんてないんだもの。きっと、願いを聞いてくれるよ!ねぇ、白狐さま。」

「もう~……仔犬め。」

本当はそんなことをしたら、悪霊に取り込まれることもあったりして禁忌並にいけないことらしいけど、白狐さまの強い護符呪文を頂いて七糸は小さな珠に封印された。白ウサギの首にぶら下げられた宝珠は、シロの定命が尽きるまでの期限を切って傍にいることを許された。うさぎの命は短いから数年の事だろうけど、その間に七糸の母ちゃんの哀しみが少しでも癒えればいい。

ゆらゆらとうれしげに揺れる飼い主の七糸は、これからもずっとシロの傍にいる。
寂しいシロは大切にぎゅっと宝珠を抱きしめて、丸くなったまま長いこと嗚咽していた。

「シロ。帰ろう、お母さんが心配してる。」

俺はうさぎを抱き上げた。七糸と仲良しだったシロまでいなくなったら、あの優しいお母さんがどれだけ悲しむか……俺はもうとっくに顔も忘れた母ちゃんに思いをはせた。





▼・ェ・▼何か、おれ……すごく働いている感じ。

本日もお読みいただき、ありがとうございます。
後、二話くらいで完結します。  此花咲耶
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