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小説・約束・3 

「とうさま。」

足元で、子供が呼んだ。
両親の切ない別れを、黙って眺めていたサヨコとトマスの最愛の子供、リン。
聞き分けの良い、利口な子供だった。
日本の女児の着物を着ている。
かむろに揃えた艶のある黒髪は、母親に似ていた。
肌理の細かい白い肌は、父に似たのか、母に似たのか・・・
だがその瞳は、今は涙に濡れる深い海の底の色だ。

「キモノ、かあさまとおそろいね、綺麗ね。」

そう言って夕べ、この子ははしゃぎ、父親の膝の上で跳ねたのだ。
色とりどりの花刺繍の着物は、サトウが手に入れてきたものだった。
そして幅の広い包帯で、海色の瞳は隠される・・・
混血の目立つ姿を隠すため、サトウとサヨコの、眼病を患った小さな娘として、リンは乗船することになっていた。

「お船が、かあさまのお国に着くまで、これは決して取らないこと。いいね、リン。」

顔半分を、白い布で巻かれてリンは声のするほうに両手を伸ばし、父親の顔に触れようとしていた。

「待っていて、リン。必ずどこにいても、とうさまはリンを探すから。この戦争が終わるまで少しの間の、さよならだ。」

ほんの少し、こっくりと頷いた・・・

「かあさまを、守ってあげて。君は男の子なんだから。いいね。」

「・・・とうさまっ!とうさまも、リンと一緒に・・・」

首にかきついた、愛おしい子供の細い腕をもぎ取るようにサトウに預け、耳元にささやいた。

「リン。生きるんだよ、何があっても。」

「約束・・・?」

「そう、約束は守らなきゃいけない。どんなことがあってもね。」

「生きるんだよ、凛斗。」

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