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小説・約束・12 

列車に乗り込んで、窓際の席を確保すると重い背嚢を下ろして、ほっと一息ついた。
先の見えない未来を思うと、気が重い。
南方には、海外への渡航歴、留学経験のある人間を選んで、まるで隔離するように送った前線基地があった。
日本とは天文学的な数字ほどかけ離れて優位に立つ、米国の国力を、耐乏生活を送る国民には知られてはならないという、軍の上層部の思惑が見え隠れする。
周囲の様子から、おそらく自分は硫黄島に行くことになるだろうと察しはついていた。
大使館で医務官として働いていたから、米国人の友人も多かった。
それだけで、何度も尋問を受けたこともあったのだ。
車窓で風に弄られながら、ふと、懐かしい異国の友人トマスのことを思い出した。

「そうか・・・、あの時、君もこんな思いをしたんだな。すまない、トマス・・・わたしは君の息子を守りきれなかった・・・」

かわいそうな少年、凛斗・・・
すぐ側にいたのに、母親に一目会わせてやることもかなわず死なせてしまった。
この先、彼岸でトマスに何度詫びても、気の済むことはないだろう。
米国からも、親友の手からも奪うように連れ帰ったが、あのまま残った方が幸せだったのかもしれない。
一人異国に残すのを可哀想に思って、沙代子の手を取ったのは、傲慢な自己満足だったのだろうか・・・
どんなにこらえようと思っても、遠くなってゆく景色が感傷的にさせ嗚咽がもれた。
遠くの方で、列車に向かって手を振る子供達の姿が見えた。
ひらひらと、華やかな振り袖の凛斗が脳裏で舞う・・・
手放した時の幼い面影は、妻に生き写しだった・・

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