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小説・約束・8 

「あれは、おまえと同じ気性だな。」

祖父は、良平の父にいったそうだ。

「わたしも、お父さん譲りの性格だとよく言われましたよ。」

そういって笑顔を向けた父は、今度の任務で、遠い南の戦地で軍医として赴任することになっていた。
いつも一週間もしないうちに慌しく軍に帰るのに、今度ばかりは少し長い休みを貰えたらしい。
この短い期間に東京の個人病院を友人に譲り、妻子を疎開させる為二人を伴って四国の実家を訪れたのだ。
母方の実家も近かったらしいが、縁者とは一切付き合いがなく、二人の頼れるのはお大尽のような父方の裕福な実家だけだった。
南方の戦地に赴任するのをきっかけに、東京を引き上げ田舎で暮らすことにしたよと、突然、家族に報告がされ、母と良平はそれから引越し支度に大わらわになった。
いざ四国についてみると、居候が増えて困るはずの家中の使用人や、親戚のものまでが不思議なくらい父親の帰宅を喜んでいた。
居候の居心地の悪さを覚悟していただけに、意外だった。
何より家長の祖父の機嫌が良くなるというのが、一番の理由だったかもしれない。
祖父も東京で医院を持つ、頭のいい息子が自慢らしかった。

「妻の沙代子と、息子の良平です。」

「ご奉公の間、親元に妻子を預けておきますので、皆よろしく頼みます。」

一族郎党の前で、次期当主らしく挨拶する息子に家長は相好を崩していた。
静かな田舎に来ると、良平にも見えてくるものがある。
大本営発表は連日やたらと勇ましかったが、どういうわけか東京では引っ越す前、時折飛来するB29に爆撃されるようになっていた。
防空壕に何度も退避しながら、どうか通り過ぎますようにと、どきどきしたのもここでは無縁だった。
何よりも夜も、灯のあるのがうれしかった。
東京では町医者も兵隊にとられて行き、市井の医者は数えるほどしか残っていないので父はいつも忙しかった。
しかし、患者は多くても、薬は徐々に自由に扱えなくなっていた。
母親の栄養状態が悪く、育たない赤ん坊が増えていた。


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