終(つい)の花 32
不逞浪士の跳梁する京の町で、会津藩の力を広く知らしめるため、会津藩は帝に請われるまま二度の天覧馬揃えを供している。
揃いの装束をまとった勇ましい騎馬隊、鉄砲隊に号令するのは、拝領した緋衣を美々しい陣羽織に仕立て采配する輝くばかりの容保。
直正も精鋭部隊の一員として、鉄砲隊を率い馬上にいた。
誰もが、至誠を胸に意気軒昂だった。
一糸乱れぬ鍛え抜かれた会津の精鋭たちの武者ぶりに、帝だけではなく御簾の向こうから覗き見る女官や公家たちも歓声を上げた。
「会津中将さまの男振り。まるで見目麗しい内裏雛のようじゃなぁ。」
「優しく見えても、さすがは武家の棟梁。馬上のお姿の頼もしく凛々しいこと。」
「あれ。こちらを向いた。涼しい眼差しじゃあ……」
この頃が容保の絶頂期だったかもしれない。
下された緋衣を陣羽織に仕立てた物を着て、容保は湿版写真を撮った。国許に送った写真の中の風貌涼やかな美青年は、凛と眦を上げ自信にあふれていた。
それから後の、血を吐くような苦難の日々の、欠片も感じさせない有名な一枚である。
*****
「直正はおるか。」
「はっ。ここに。」
「すぐに使いを頼む。明日、帝のお召しが有って殿が参内される。手土産を用意しろとのことじゃ。」
「田中さま。手土産と言われましても……この前は醤油、その前は会津の米を準備しました。此度は何にいたしましょうか?」
「そうじゃなぁ。帝は生ものはお召し上がりにならないそうだから、新巻鮭などがよろしかろう。あれなら焼いてお召し上がりになるのではないか。」
「何やら、手土産とは食べ物ばかりですね。それほど朝廷では金に困って……」
「しっ、声が高い。直正。言葉を選べ。」
「あ、これは失礼いたしました。申し訳ございませぬ。」
「実はな、そのほうの言葉も、あながち外れではない。殿がおっしゃるには、帝の食されるものには滋養がなさそうだ……と。」
「と、いいますと?」
「殿上人とはいえ、ろくなものを食って居らぬという事じゃ。いつぞやなぞ御膳の鯛が腐って、殿の近くまで臭っておったらしい。鼻をつまむわけにもいかず、平静を装うに難儀したそうだ。」
「それはお気の毒に……すぐに上物を取り寄せます。あの、干し柿や餅や羊羹なども?」
「それはお前の好物か?」
「はい。」
「はは、よかろう。帝の口に合わずとも、御所の女官が喜ぶだろうよ。」
容保の供をした直正が持参した心づくしの土産を、帝はとても喜んだ。
此度は、手土産に会津塗りの食器を献上に上がりましたと、容保は口にした。
勿論、直正が直接対面などできようはずもなかったが、容保は帝の喜びようを直正に伝えている。
「直正。此度の手土産はことのほかお喜びであったぞ。菓子器の中の干菓子を見つけて、まるで子供のように楽しげであった。」
「そうですか。それはようございました。」
「次もよろしく頼む。」
「はっ。」
夕餉には、持参した椀で新巻鮭を茶漬けにし、帝は「朕は、このように美味いものを食したのは初めてじゃ。」と、女官に笑顔を向けたという。
何とおいたわしいと、容保は隠れて涙した。
朝廷の窮状を知った容保は、京都守護職としてすぐさま幕府に掛け合い、天皇と公家に渡す金子を増額するよう待遇の改善をはかっている。
本日もお読みいただきありがとうございます。
朝廷や公家はこのころ、お金がなくて粗末な食事をとっていたのは確かなようです。
自尊心が高くて、金がないつらさは想像すると、いつか目にもの見せてやろうという気持ちを大きくさせたのかもしれません。
長州を抱き込んだ公家の気持ちも、そう考えると理解できるような気がします。
でも、このちんは律義で謙虚で一途な会津が好きです。 (〃゚∇゚〃) 容保さまが好き♡
もう少し、徳川幕府に朝廷を敬う気持ちがあったらなぁ……と思ったりもします。 此花咲耶
揃いの装束をまとった勇ましい騎馬隊、鉄砲隊に号令するのは、拝領した緋衣を美々しい陣羽織に仕立て采配する輝くばかりの容保。
直正も精鋭部隊の一員として、鉄砲隊を率い馬上にいた。
誰もが、至誠を胸に意気軒昂だった。
一糸乱れぬ鍛え抜かれた会津の精鋭たちの武者ぶりに、帝だけではなく御簾の向こうから覗き見る女官や公家たちも歓声を上げた。
「会津中将さまの男振り。まるで見目麗しい内裏雛のようじゃなぁ。」
「優しく見えても、さすがは武家の棟梁。馬上のお姿の頼もしく凛々しいこと。」
「あれ。こちらを向いた。涼しい眼差しじゃあ……」
この頃が容保の絶頂期だったかもしれない。
下された緋衣を陣羽織に仕立てた物を着て、容保は湿版写真を撮った。国許に送った写真の中の風貌涼やかな美青年は、凛と眦を上げ自信にあふれていた。
それから後の、血を吐くような苦難の日々の、欠片も感じさせない有名な一枚である。
*****
「直正はおるか。」
「はっ。ここに。」
「すぐに使いを頼む。明日、帝のお召しが有って殿が参内される。手土産を用意しろとのことじゃ。」
「田中さま。手土産と言われましても……この前は醤油、その前は会津の米を準備しました。此度は何にいたしましょうか?」
「そうじゃなぁ。帝は生ものはお召し上がりにならないそうだから、新巻鮭などがよろしかろう。あれなら焼いてお召し上がりになるのではないか。」
「何やら、手土産とは食べ物ばかりですね。それほど朝廷では金に困って……」
「しっ、声が高い。直正。言葉を選べ。」
「あ、これは失礼いたしました。申し訳ございませぬ。」
「実はな、そのほうの言葉も、あながち外れではない。殿がおっしゃるには、帝の食されるものには滋養がなさそうだ……と。」
「と、いいますと?」
「殿上人とはいえ、ろくなものを食って居らぬという事じゃ。いつぞやなぞ御膳の鯛が腐って、殿の近くまで臭っておったらしい。鼻をつまむわけにもいかず、平静を装うに難儀したそうだ。」
「それはお気の毒に……すぐに上物を取り寄せます。あの、干し柿や餅や羊羹なども?」
「それはお前の好物か?」
「はい。」
「はは、よかろう。帝の口に合わずとも、御所の女官が喜ぶだろうよ。」
容保の供をした直正が持参した心づくしの土産を、帝はとても喜んだ。
此度は、手土産に会津塗りの食器を献上に上がりましたと、容保は口にした。
勿論、直正が直接対面などできようはずもなかったが、容保は帝の喜びようを直正に伝えている。
「直正。此度の手土産はことのほかお喜びであったぞ。菓子器の中の干菓子を見つけて、まるで子供のように楽しげであった。」
「そうですか。それはようございました。」
「次もよろしく頼む。」
「はっ。」
夕餉には、持参した椀で新巻鮭を茶漬けにし、帝は「朕は、このように美味いものを食したのは初めてじゃ。」と、女官に笑顔を向けたという。
何とおいたわしいと、容保は隠れて涙した。
朝廷の窮状を知った容保は、京都守護職としてすぐさま幕府に掛け合い、天皇と公家に渡す金子を増額するよう待遇の改善をはかっている。
本日もお読みいただきありがとうございます。
朝廷や公家はこのころ、お金がなくて粗末な食事をとっていたのは確かなようです。
自尊心が高くて、金がないつらさは想像すると、いつか目にもの見せてやろうという気持ちを大きくさせたのかもしれません。
長州を抱き込んだ公家の気持ちも、そう考えると理解できるような気がします。
でも、このちんは律義で謙虚で一途な会津が好きです。 (〃゚∇゚〃) 容保さまが好き♡
もう少し、徳川幕府に朝廷を敬う気持ちがあったらなぁ……と思ったりもします。 此花咲耶
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