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終(つい)の花 28 

京都守護の役目についた会津藩の働きは、目覚ましかった。
会津藩士は現地で招集した浪士組と共に、たちまち多数の不穏分子を排斥している。
不埒な暗殺姦盗を取り締まる為、会津藩では藩兵が夜中も京都の町を巡回し、治安の維持に努めた。

容保は当初、在京の諸藩および洛内外に「言路洞開」を布告している。
これは言うなれば、上の者が下の者の意見を広く聞き、話し合いで結論を出す事であった。
公明正大な容保らしく、どのような相手であろうとも深く意見を聞けば分かり合えるという姿勢を見せたわけだが、相手が悪すぎた。
寛仁な容保をあざ笑うように、事件は起こる。

足利将軍木像梟首事件(京都等持院にあった室町幕府初代将軍・足利尊氏、2代・義詮、3代・義満の木像の首と位牌が持ち出され、賀茂川の河原に晒された事件)が、それであった。
この日を境に、容保はそれまでの優柔ともいえる方針を一転させた。
捕縛された尊王攘夷派の討幕の意思を知った容保は、ついに激怒する。

「足利将軍等が朝廷にそむいたという理由で、木像の首を晒すなど言語道断である。彼らは天皇から直々に官位を賜っているのだ。逆臣などではない。」

詮議の調書に目を通した容保は、怒りのあまり顔色を変えた。
彼らは、いずれは徳川将軍の首もこうなるぞという意味を込めて、木像の首を晒したとうそぶいた。
普段穏やかな顔しか見せない容保の、迸る激高に控える家臣すら驚いた。
まなじりをあげて容保は毅然と、不逞浪士掃討を言い放った。

「よいか。尊王攘夷派は、天下を無用に騒がせているばかりか、畏れ多くも公方さまに仇なすつもりなのだ。悪漢どもを、このままには捨ておけぬ。すぐさま処断せよ。」
「はっ!既に潜伏先の目星はつけております。」
「急げ。捕り物を気取られて、洛外へ逃走するやもしれぬ。会津の名に懸けて、一人たりとも逃すなよ。」
「はっ!」

急遽、集った藩士の中には、鉢金を巻き鎖帷子を着こんで戦支度をした、一衛の父と直正もいた。

「直正。やっと手柄を上げる時が来たな。」
「はい、叔父上。殿のお役にたつときがやっと来ました。」
「存分に働けよ。」
「はい。腕が鳴ります。」

互いに故郷の話は一切しなかった。
穏健な容保をあざ笑うように、尊王攘夷を振りかざして無頼を働く不逞浪士の所業に、歯噛みしながら耐えてきた至誠の士達がついに一斉に動いた。
洛内外に潜んだ賊を炙り出し、一気加勢に捕らえる段取りを立てながら、会津藩士は京の町を走った。
カチャリ……
物陰に潜んで鯉口を切る音が、静かに闇に響いた。

*****

国許にいる一衛のもとに、直正から届けられた文には、それらの目覚ましい活躍が綴られていた。

「直さまからの文が……わたしに?」
「ええ。表書きに濱田一衛殿って書いてありましたよ。ほら。」
「伯母上!ありがとうございます!」

直正の母が届けてくれた文を抱いて、一衛は嬉しさに思わずくるりと回った。
胸を躍らせ、部屋に籠って直正の文を何度も繰り返し読んだ。
いつかは自分も父や直正のように京都へ行き、天子さまに頼りにされるほどご立派な殿の御役に立ちたいと思う。

「一衛。そろそろ講義の時間ですよ?また、直さまからの文を読んでいたのですか?」
「あい。直さまが、みなさまの御様子をお知らせくださったのです。父上や叔父上は御多忙で文を書く暇もないようだけれど、息災でやっているから心配はいらないと書いてくださっています。一衛も父上や直さまに負けないように励みます。」
「そうなさい。あ、一衛。今日も鍛練で遅くなるのでしょう?お弁当を作っておきましたから、持ってお行きなさい。」
「ありがとうございます、母上。行って参ります。」

日新館武道場では、午後から多種の武道を教えている。
槍術が苦手で泣いた一衛は、旅立つ前の数か月、毎日直正に教えてもらった小太刀を扱うようになって自信をつけていた。
相手の太刀筋を見切る素早い動きは、押さえつけられて悔し涙を流した時とは、別人のようになっている。

「ま、参った!」

相手の喉元に突きつけた短い木刀を引くと、一衛はふっと微笑み、直ぐに手を延ばし相手を助け起こした。




本日もお読みいただきありがとうございます。
長いお話ですが、今後もお付き合いいただければ幸いです。   此花咲耶

(`・ω・´) 「わたしは京で不逞浪士の取り締まりに励んでいます。」

(〃゚∇゚〃) 「直さまにご心配をかけないように、一衛も頑張っているのです。」


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1 Comments

此花咲耶  

クマゴロウさま

コメントありがとうございます。
一衛の「あい」を気に入ってくださったようで、うれしいです。
(`・ω・´)「よかったな、一衛。」
(〃゚∇゚〃) 「あい。直さま。」
これからもよろしくお願いします。

2015/04/29 (Wed) 16:33 | REPLY |   

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