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終(つい)の花 60 

その日、会津の城下では、多くの者が自刃した。
食料も限られた籠城戦に、役に立たない者は敵の手に墮ちて辱めを受けるよりはと、自らの命を絶って藩に奉公した。
幼い子供を道連れにし入水した母親、年寄りを手に掛けた者、皆悲しい覚悟だった。
家老、西郷頼母の妻も、長男だけを城へ届けた後、幼女三人を手に掛け、一族郎党21人で壮絶な集団自決を遂げている。

一衛はその場にぺたりと手を付くと、深々と頭を下げた。

「お爺さま。せっかくの御心遣いなれど、一衛はこれを頂くわけには参りませぬ。」
「……か、ず……?」
「一衛は、濱田家の嫡男です。武家の生まれなればこそ、命を惜しみません。それに一衛が戻って来たとしても、お爺さまも母上も一衛を待っていては下さいませぬ。それよりも、晴れの門出に母上の炊いた粥を、皆で供に頂きとうございます。」
「うぅ……さ……きに……」
「あい。お爺さまは、一足先に父上にお会いになってください。父上の代わりに一衛が会津武士として、必ず父上の敵を討ちますとお伝えください。いつか、一衛も大手を振って浄土にいらっしゃる父上に会いに参ります。」

老人の頬を、滴が伝う。
母もまた、そっと涙をぬぐった。
一衛が誕生した時、大喜びをした祖父であった。
這った、歩いたと慈しんでくれた祖父も、今や一人で腹も切れないほどに老いた。

*****

「さぁ、名残は尽きませぬが、そろそろ刻限ですよ。この刀をお持ちなさい。初陣のお祝いに、お爺さまが濱田家の家宝をくださったのです。」
「わぁ……っ!お爺さま、ありがとうございます。」

濱田家嫡男に代々伝わる名刀は備前長船。ずっと一衛が欲しがっていた刀は、元服の晴れの祝いの席で、今は亡き父が手渡してくれるはずの名刀だった。
ずしりと重い大刀を、母が編んだ真田紐で背中に背負う。
一衛は母の心づくしの新しい洋式の着物を身に着けて、家族に別れを告げた。
肩には直正に贈られたミニエー銃があった。

「一衛。切腹のお作法は分かっていますね?くれぐれも家名を汚すようなことをしてはなりません。」
「あい。御心配には及びませぬ。一衛は剣をとっては会津一と言われた父上の子なのですから。」
「思う存分お働きなさい。……あなたの武運を祈っておりますよ。」

玄関でもう一度、深く頭を下げると一衛は最後の言葉を口にした。

「母上……。これまで御育て下さってありがとうございました。何の親孝行もできない一衛を、お許しください。」
「なんの……あなたは、十分親孝行な息子でしたよ。さあ、早くお行きなさい……直さまがお城で待っていますからね。直さまの背中を追ってお行きなさい。さすれば、道を違えることはありませんからね。」
「あい。行ってまいります。」

笑顔で答える一衛に、それ以上、母は何も言えなかった。
そのまま言葉をかけようとすれば、愛しさのあまり引き寄せて掻き抱いてしまいそうだった。
身体の弱いわが子を、心を鬼にしてどれほど厳しく躾けて来たか、母にとっては一衛の成長が頼もしくもあり労しくもあった。

元服すら済んでいない息子を死地にやる哀しみに、胸が潰れそうだった。15歳以上の少年は、緊急招集されることになるだろうと直正の母に聞いていた。
今生の別れを前に、母は何とか気丈に微笑むと、まだ前髪の息子の額に巻かれた鉢金を結わえなおしてやった。

「きっと父上が守ってくださいます。」
「あい。」

まだあどけない笑顔で手を振る息子の姿を、母は懸命に覚えておこうとしたが去りゆく背中が滲んだ。

「一衛……どこまでも、直さまの背中を追ってゆきなさい……一衛……!」
「うぅっ!」

振り向けば、祖父が腹を切り、死に装束を紅く染めていた。弱っているため傷は浅い。
苦しみながら喉を突こうとしていた。

「お待ちください、義父上。すぐ楽にして差し上げます。」

胸元をくつろげて、肋骨の浮く胸に小刀を押し当てた。
予定通り義父を介錯し、用意してあった辞世を仏前に揃えると、母もまた彼岸へと旅立った。




本日もお読みいただきありがとうございます。(´・ω・`)

一衛は、籠城するためお城へ向かいました。
藩に迷惑をかけるのを良しとしなかった人たちは、自ら命を絶ちました。
会津の人たちの、悲しい覚悟のほどが知れます。

(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「直さま……母上とお爺さまが……」「わたしがいる。泣くな、一衛。」「……あい。」


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