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終(つい)の花 62 

普段なら決して拝謁など許されないが、容保は苦労をしている家臣を励ましたいと、周囲が危ないからと止めるのを押して、砲弾の降り注ぐ中を声をかけて回っていた。

「苦労を掛ける。」
「いいえ。照姫さまとともに、皆で力を合わせております……」

炊事場にまで足を運んだ容保に、婦人たちが恐縮する。

「勿体ない。このような場所にまで、お出ましになられるとは……」
「手を休めずとも良い。そのまま、続けてくれ。」

湯気を立てる米は、玄米のまま炊くのでぼろぼろと崩れる。
塩結びにするには、熱いときに一気に握らねばならない。
掌に火ぶくれを作りながら、母親たちに交じって少女たちも必死に握り飯を作った。
それでも米にありつけるのは男たちだけで、女たちは釜にこびりついた物に湯をかけ薄い粥にしたり、籠城用に城内にあった古い米粉を炊いて、糊のようになったのを食している。
籠城が早まったために、十分な兵糧が確保できず、食料と言えるものはとうに底をついていた。

「お殿さま。どうぞ。」

そこに控えた少女が、盆に載せて不格好な握り飯を差し出した。
慌てて母親らしき婦人が、無礼を止めようとしたが、容保は受け取り笑顔を向けると、そっと水ぶくれのできた小さな手を撫でた。

「この可愛らしい手で、わしにこしらえてくれたのか。困ったな。そちに何か褒美をやりたいが、手元に何もないのだ。許せよ。」

声をかけてもらった嬉しさに、少女は首を振った。

「そうだ。こうしよう。そなたにもらったこの握り飯を、わしが半分そなたに進ぜよう。これが褒美じゃ。」
「お殿さま、ありがとうございます。」

砲撃の途切れた間の、微笑ましい光景だった。
おそらく容保は、少女にとってこの握り飯が、久しぶりに食する米飯だと知らない。

*****

容保は矢場にも足を向けた。

「その方たちも戦に加担しているのか?まだ、童のようだが戦支度とは……」と、驚いたように容保が問う。

「15歳以上は緊急徴兵いたしましてございます。」
「そうか。」

旧式銃の弾を作る作業場に、頭に鉢金を巻いた一衛と、仲間たちが片膝をついてかしこまっていた。
その姿に、容保は薄く涙を浮かべたようだった。

「……まぎれもない会津の子だの。この細い肩に鉄砲を担ぐか……」

小さくつぶやいた。
幼い子供たちまでが、籠城中の城の中で懸命に働く様子を見て、容保は降伏を決めたといわれている。

******

俄かに笛や太鼓の音が響いてきた。

「彼岸獅子の笛……?」
「なぜ今頃?」
「行ってみよう!」

不思議に思うのも無理はない。
越後獅子は春の彼岸に踊ることから彼岸獅子とも言われている。
古くから会津地方の豊作と家内安全を祈る伝統行事で、太夫獅子、雄獅子、雌獅子の3人一組で演じられ、頭に獅子頭を被り、鳳凰を染めた着物を着て笛と太鼓に合わせて踊る。
楽しみの少ない地方の、数少ない華やかな祭囃子だった。
子供たちは大喜びで、狭間の間から覗き込んで声を上げた。

「わぁ……!獅子の行列だ。」
「彼岸獅子が入城するぞ!」

敵味方が唖然とし、郷愁に誘われて見つめる中、彼岸獅子の一行は猛然と走り出し城門を駆け抜けた。

「お味方の兵だ。」
「山川大蔵さまじゃ。」

若い家老、山川大蔵は朱雀隊などを指揮し、日光口の五十里に陣を構えていた。
国境がことごとく破られ、鶴ヶ城での籠城戦が決まったので、会津城下に急ぎ戻ったのだった。
飯寺まで来て、山川はすでに鶴ヶ城が新政府軍の包囲網の中にあることを知った。
囲みを破るのに強行突破すれば、甚大な損害が出るのを覚悟しなければならない。
少ない兵力を削りたくはなかった。
そこで一計を案じた山川は、越後獅子で敵方の目をくらませ入城するのを思いつく。
祭りに興じる農民たちにまで、新政府軍が発砲するまいと考えてのことだった。

あっけにとられた表情で、不思議そうに行列を見物する新政府軍をしり目に、山川の部隊は西追手門から堂々と城門の中に消えた。




山川大蔵の彼岸獅子の入城は、実話なのです。
敵も味方も呆然と見つめる中、悠然と彼岸獅子は入ってゆきました。  


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