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終(つい)の花 65 

いくつかの降伏の条件の中には、城外へ降参と大書した白旗を掲げることというのがあった。
城中の白木綿は、ほとんどが包帯に使用されたため、集められた白布の小切れを女たちが嗚咽をこらえながら縫い合わせ、一枚の旗にした。
掲げられた白旗には「降参」と墨で大書され、取り囲んだ新政府軍は鬨の声を上げた。

一衛は涙を滂沱と流しながら、掲げられた白旗を見つめていた。

「……まだ、戦えますのに……」
「うん。一衛。」
「年が足りても、一衛はまだ白虎隊に入れていただいておりません……父上の敵も、まだ討てておりません……悔しい……」
「うん。悔しいなぁ。会津は何も悪くないのにな。わたしも悔しいよ、一衛。」
「直さま……」

抱き寄せられて、一衛は直正の懐を濡らした。
降伏した城は半分崩れかけていて、砲撃が止まった今も、ばらばらと白い漆喰や瓦が滑り落ちていた。
時折、どさりと落ちて土埃が舞い上がる。
鶴ヶ城と呼ばれた美しい城は、激しい攻撃に羽ばたく翼をもぎ取られたように痛ましい姿だった。

残された穀物蔵の土塀にもたれかかって、二人は籠城最後の夜を過ごしていた。

「明日にはここを引き払うのですね。」
「そうだね。正直に言うと、わたしはこれほど長く持つとは思っていなかった。やはり会津の皆はすごい。」
「直さまにお聞きしてもいいですか?」
「うん。なんだ?」
「直さまは、一衛に命の捨て所を考えろとおっしゃいました。でも……会津武士として、このままでいいのでしょうか。一衛は、どんな顔をして父上に会えばいいかわかりません。」
「叔父上には、お会いした時わたしから謝ろう。一衛は何も悪くないのだから、堂々としていればいい。」
「直さま……」
「戦は始めた大人が責務をとればいいんだ。きつい言い方だが、こうなってしまった今、一衛の命ひとつで、物事は変わらない。ここで一衛が腹など切って命を落としてしまったら、それこそ無駄死になる。殿が降伏をお決めになったのだから、今は藩士として従うのが良策だと思う。」
「容保さまは大丈夫でしょうか。」
「案ずることはない。殿のお命は、家老三人の首を差し出すことで安堵されたそうだよ。」
「ご家老さまのお首級(しるし)で……?でも、確か……」
「うん。御家老二人は戦死してしまったから、残された萱野権兵衛さまが、責を負われて腹をお召しになる。降伏を勧めてきた米沢藩も、会津と同様だそうだ。」
「士中二番隊の皆様も、飯盛山でお亡くなりになったと聞きました。本当なら、一衛も戦場で死んでいたはずです。什の仲間も多くが亡くなりました。それに家に帰っても……母上も……お爺さまも……もういません。一衛は……一人残されてしまいました……直さまも夜が明けたら謹慎所へ送られてしまいます。」
「ん、どうした?一衛が泣き言を言うなんて、珍しいな。」
「母上が……どこまでも直さまの背中を追っていらっしゃいとおっしゃいました。でも……直さまは、また一衛を置いていなくなってしまいます。そうしたら、一衛は今度こそ一人です。どうしていいかわからなく……なりました。」

戦いの最中には、懸命にできることを探っていた。
それなのに、砲撃が止み静かな夜を迎えて、湧いてくる心細さに押しつぶされそうになっている一衛だった。

「いや。わたしはもう一衛を置いて、どこにも行かないことにしたんだ。」
「え……?」
「わたしは謹慎所には行かない。一衛を連れて、江戸へ行く。」
「直さま?」
「一緒に逃げよう、一衛。」

きっぱりと告げた直正に、一衛は戸惑った顔を向けた。




本日もお読みいただきありがとうございます。(´・ω・`)

降伏を終えた容保さまは、井戸に赴き祈りを捧げました。こののち彼は、長い沈黙を続けます。
亡くなった者たちへの鎮魂と、冥福を祈る日々が始まります……
東京に住んでいたころ、会津で慰霊のための集まりがあり、容保は出席しました。
気を使った地元の人たちは、元藩主のために特別な料理を出しました。
でも、容保は箸をつけようとしませんでした。
「これは皆と同じものか?」
違うと答えると、「みなと同じものを食したい」と容保は言い、同じものが運ばれてくると、皆と一緒に食したということです。
いつも心は会津と共に……(´;ω;`)くすん……   此花咲耶

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