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終(つい)の花 69 

出てきた名主は、かつて相撲を取ったことのある清助という名の百姓だった。
一衛がまだ日新館に入学する前、直正が濁流に呑まれて流されかけたのを助けてくれた男が、名主として二人の前に立っていた。
父に言われて、礼の代わりに何度も田畑の手伝いに出向いたことがある二人は、清助の息子たちとも仲良くなったのだった。

「お久しぶりでございます。先代に言われて、紙の材料を買い付けに行ったときに、佐々木さまとは久保田のお城で何度かお会いしたことがございます。確か、数年前は勘定方の下役人でいらっしゃいましたかな。その節は便宜をはからっていただき、ありがとうございました。何もわからず途方に暮れておりましたときに、お世話いただきました。」
「……なんの。」
「お役人さま。こちらは、確かに佐々木さまというお方です。こちらのお可愛らしいわかさまには、わたくしの息子も遊んでいただいたことがございます。お名前は確か……一衛さまと、おっしゃいましたか?」
「あい。」

少女のような一衛の返事に、ふと場が和んで役人も笑みを浮かべた。

「名前も知っておるほどの付き合いか。手間をとらせたな、佐々木殿。これも役目ゆえ、無礼はお許しいただきたい。」
「拙者も宮仕えゆえ、ご貴殿と御同様でござる。では、急ぎますのでこれにて御免。」

「あ、佐々木さま。この先も、関がございます。また同じ詮議に会うのは難儀でしょうから、国境の峠まで送ってゆきましょう。」
「夜分に忝い。」
「すぐに提灯を持ってきますから、少々お待ちください。」

奥に入った清助は、すぐに小者を呼び、旅に役立ちそうなものをいろいろ携えて戻ってきた。

「小さい若さま。おなかが空いていませんか?握り飯をこしらえてきましたから、おあがりなさい。」
「直さまの分も……?」
「はい。相馬さまの分も、たくさんありますから御心配には及びません。それと、こちらは草鞋の替えと、糒(干した米)と干菓子、金平糖です。道中でお召し上がりください。」
「忝い……思わぬところで世話になる。」
「何の。散々お手伝いしていただいたじゃありませんか。困ったときはお互い様です。お武家さまと相撲を取った自慢話ができるのは、うちの子だけですよ。御恩返しが出来るとは、思ってもみませんでした。このようにうれしいことはございません。」
「清助さんは、いつ名主に?」
「父が亡くなりましたので、跡をついで5年になります。百姓は戦があるたび、泣かされてきましたから、やっと戦が終わって安堵しております。」
「なぜっ……?」

思いがけない清助の言葉に、思わず一衛は怒気をはらませて口走ってしまった。

「会津が負けたのに……!清助さんは会津が負けたのが嬉しいのですか。皆、命がけで戦ったというのに。」
「一衛。お止め。」
「でも、直さま。」

一衛には納得がゆかなかった。
誰もが死に物狂いで戦ったというのに、清助は戦が終わって安堵しているという。

「お気に障ったら、申し訳ありません。でもねぇ、お言葉を返すようですが、人にはそれぞれ立場があるのですよ、お小さい若さま。清助は父の跡目を継いで名主になりましたが、名主というのがこれほど大変だとは思いもよりませんでした。徳川宗家の言葉ではありませんが、百姓は生かさず殺さず。まことに戦ごとに泣くのは百姓です。」
「一衛には……よくわかりません……」
「わからなくてもいいのですよ。生きてゆくのは、お武家さまも百姓も大変なんですから。」

清助のまなざしは相変わらず優しい。




本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
清助のおかげで、何とか事なきを得た二人です。    此花咲耶

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