終(つい)の花 70
穏やかに言葉を選びながら、清助は一衛に話をした。
「ただね、どれほど田畑が荒らされても、飢饉になっても、百姓はどんな事をしても年貢を納めなければなりません。会津の殿さまが天子さまをお守りすると決めたとき、どれほどのお金がかかり、百姓が高い年貢に泣いたか、若さまは御存じないでしょう?お武家さまは命がけで会津を守るとおっしゃいますが、百姓にとっては誰が殿さまでもあまり違いはありません。年貢が多いか少ないかだけです。戦になると男手はとられ、田畑は荒らされ、できた作物は殆ど差し出すようにと言われるのです。」
「……」
「困らせてしまいましたか。若さま方に恨み言を言う気はありません。むしろ、若さま達の代になったら、会津はきっと百姓にも住みやすい国になるだろうと期待しておりました。お侍だけでなく、百姓にもよい政(まつりごと)をしていただけるではないかと思いましてね。……お互い、中々思うようには参りませんね。」
一衛はごしごしと拳で、目元をこすった。
考えたこともなかった、百姓の立場。
武士を支えるのが、当たり前だと思っていた。
*****
世話になった清助に別れを告げて、道々一衛は聞いた。
「直さま。年貢を払えない百姓はどうするのですか?」
「……まず、家財を売るだろうなぁ。」
「家財も売ってしまって、その上飢饉が来たら?」
「借金をする。たとえば、清助さんのような名主や、両替商に借りる。」
「それでも足りなければ?」
直正は、真摯な一衛の視線に嘘はつけなかった。
「女衒に娘を売る。清助さんの口ぶりだと、助けたくても助けられないことがあったのだろうな。」
「……一衛は、お城の中で新政府軍は、田畑を荒らしたと聞きました。お城下では、お味方が家に火をつけた話も……国を守る武士でありながら……一衛は自分の周りのことしか考えていませんでした。百姓のことは、初めて知りました。」
「百姓は土地に縛られているから、どこにもいけない苦労がある。わたしもずっと自分達士族だけが大変だと思っていたが、会津に住むもの、みんなが大変だ。誰かの立場になって考えたことなどなかったが、此度は父上が作ってくれた過去のつながりが、わたしたちを守ってくれたな。」
「一衛もいつか、清助さんに誇れるような会津を作りたいです。」
「そうできるように、力をつけような。」
「あい。」
まだまだ知らないことばかりだと、一衛は思う。
日新館で懸命に学んだつもりでいたが、まだまだ自分には足りない。
ふと振り向けば、磐梯山は朝もやの中で裾を引き、田畑も何も変わらないように見えた。
「……美しいな。会津の山河を、よく覚えておこう。」
「あい。」
江戸への道は遠い。
一歩一歩、踏みしめる足元に白い風花が舞う。
こんこん……と、軽い咳をする一衛に、直正は毛織の襟巻を外して巻いてやった。
「一衛は喉が弱いのだから、気をつけなければいけないよ。さ、薬をお飲み。」
「……あい……」
うるんだ眼もとの一衛が、水を飲もうとして、荷物の中の竹筒を取り出した。
「ずいぶん重い……?直さま、清助さんに頂いた竹筒に何か入っています。こちらはお水のようですけど……。」
「おお……これは、ありがたい。碁石銀を入れてくれている。藩札は紙屑同然で使えないだろうから置いてきたが、これなら道中で両替できる。」
「清助さん。ありがとうございます。」
一衛は会津のほうに向かって、感謝をこめてお辞儀をした。
いつか、必ずこの地に帰ってくる決意を胸に。
第一部 (完)
本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
会津を離れ、江戸から東京と名を変えた帝都へと流れてゆく直正と一衛です。
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「ぼろぞうきん……?」「頑張ろう、一衛。」
第二部東京編も、よろしくお願いします。 此花咲耶
「ただね、どれほど田畑が荒らされても、飢饉になっても、百姓はどんな事をしても年貢を納めなければなりません。会津の殿さまが天子さまをお守りすると決めたとき、どれほどのお金がかかり、百姓が高い年貢に泣いたか、若さまは御存じないでしょう?お武家さまは命がけで会津を守るとおっしゃいますが、百姓にとっては誰が殿さまでもあまり違いはありません。年貢が多いか少ないかだけです。戦になると男手はとられ、田畑は荒らされ、できた作物は殆ど差し出すようにと言われるのです。」
「……」
「困らせてしまいましたか。若さま方に恨み言を言う気はありません。むしろ、若さま達の代になったら、会津はきっと百姓にも住みやすい国になるだろうと期待しておりました。お侍だけでなく、百姓にもよい政(まつりごと)をしていただけるではないかと思いましてね。……お互い、中々思うようには参りませんね。」
一衛はごしごしと拳で、目元をこすった。
考えたこともなかった、百姓の立場。
武士を支えるのが、当たり前だと思っていた。
*****
世話になった清助に別れを告げて、道々一衛は聞いた。
「直さま。年貢を払えない百姓はどうするのですか?」
「……まず、家財を売るだろうなぁ。」
「家財も売ってしまって、その上飢饉が来たら?」
「借金をする。たとえば、清助さんのような名主や、両替商に借りる。」
「それでも足りなければ?」
直正は、真摯な一衛の視線に嘘はつけなかった。
「女衒に娘を売る。清助さんの口ぶりだと、助けたくても助けられないことがあったのだろうな。」
「……一衛は、お城の中で新政府軍は、田畑を荒らしたと聞きました。お城下では、お味方が家に火をつけた話も……国を守る武士でありながら……一衛は自分の周りのことしか考えていませんでした。百姓のことは、初めて知りました。」
「百姓は土地に縛られているから、どこにもいけない苦労がある。わたしもずっと自分達士族だけが大変だと思っていたが、会津に住むもの、みんなが大変だ。誰かの立場になって考えたことなどなかったが、此度は父上が作ってくれた過去のつながりが、わたしたちを守ってくれたな。」
「一衛もいつか、清助さんに誇れるような会津を作りたいです。」
「そうできるように、力をつけような。」
「あい。」
まだまだ知らないことばかりだと、一衛は思う。
日新館で懸命に学んだつもりでいたが、まだまだ自分には足りない。
ふと振り向けば、磐梯山は朝もやの中で裾を引き、田畑も何も変わらないように見えた。
「……美しいな。会津の山河を、よく覚えておこう。」
「あい。」
江戸への道は遠い。
一歩一歩、踏みしめる足元に白い風花が舞う。
こんこん……と、軽い咳をする一衛に、直正は毛織の襟巻を外して巻いてやった。
「一衛は喉が弱いのだから、気をつけなければいけないよ。さ、薬をお飲み。」
「……あい……」
うるんだ眼もとの一衛が、水を飲もうとして、荷物の中の竹筒を取り出した。
「ずいぶん重い……?直さま、清助さんに頂いた竹筒に何か入っています。こちらはお水のようですけど……。」
「おお……これは、ありがたい。碁石銀を入れてくれている。藩札は紙屑同然で使えないだろうから置いてきたが、これなら道中で両替できる。」
「清助さん。ありがとうございます。」
一衛は会津のほうに向かって、感謝をこめてお辞儀をした。
いつか、必ずこの地に帰ってくる決意を胸に。
第一部 (完)
本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
会津を離れ、江戸から東京と名を変えた帝都へと流れてゆく直正と一衛です。
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「ぼろぞうきん……?」「頑張ろう、一衛。」
第二部東京編も、よろしくお願いします。 此花咲耶
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