パーティ
「直。周二さんの誕生日ケーキの配達に、一緒に行くか?」
「店長の上の人なんでしょう?おれなんかが、付いて行っても良いんですか……?」
「俺の大事な人たちだから、いつか直に会って欲しいと思っていた。いい機会だから行こう。」
「でも、もし失礼なことをして怒らせてしまったら、店長に迷惑がかかるかもしれないし……」
言葉を選びながら、遠回しに断ろうとする直の心中は分かっている。
松本が木庭組という組織の一員だと知って、なるべくそこに触れずにいた直だった。
それは松本にも、十分伝わっていた。
「確かに……直のケーキが気に入らなかったら、周二さんは責任とって俺にエンコしろっていうかもなぁ。」
「エンコ?」
「落とし前に、指を詰めろってことだよ。」
「ひっ……」
直は蒼白になった。
「あのっ……お、おれ、ケーキのデコレーション、もう一度やり直します。ルセットは黒崎さんがくれたものだから大丈夫だけど、デザインをその場の勢いで決めてしまったから。あのっ、もっと凝った物に。」
大慌てで冷蔵庫から生クリームを取り出して、泡立てようとする。
気持ちが急いているせいで、ボールが滑って調理台から落ち盛大な音を立てた。
「ああっ……すみません。」
取り落とした泡だて器が、床に転がった。
「直。落ち着け。」
「……店長が、そんなことになったら……おれ、どうしたら……」
直は涙ぐんだ。
羽を広げて包み込むように、大きな腕が直を抱く。
「冗談だよ。そんなことを言うような人間は誰もいない。直は、俺が893だって思い出して怖くなったんだろ?」
「……」
「馬鹿だな。直の知ってるのは、テレビや映画の中の893だろ。俺の組はちゃんと、正業を持っているし、木本の兄貴にはこの店で会ったことあるだろ?」
「すごくかっこいい人でした……でもどこか得体のしれない影みたいなものがあって、おれはやっぱりちょっと怖かった。」
「そうか。兄貴には、隠しきれない凄みってものがあるからな。……つか、雑巾貸せ。床拭いてやるから。」
「あっ……はい、お願いします。」
「それにな。何があっても、どこにいても直は俺が守るから、安心しろ。」
我に返った直は、ケーキの中に入れたドライアイスを確認し、ネームプレートに間違いがないか松本に見せた。
「ああ、これでいい。ねんねの注文通りだ。さ、行くぞ。」
直は不安げな顔のまま、松本の背中を追った。
事が起これば指を詰めるのは冗談だと言ったが、本当にそうだろうか。
直が映画や本で知る893と言えば、肩で風を切って喧嘩を売り、女を食い物にし、弱いものから金を巻き上げるような恐ろしい存在だった。
柔和で人懐こい松本が、たまに見せる激しい感情の奔流を、直も垣間みたことがある。
それは決して直に向けられたものではなく、むしろ直を守るために迸った物だったが、もしも松本の慕う誰かが直に敵意を向けた時、松本はどうするのだろう。
ケーキの箱を抱えて小躍りするように先を歩く松本を、泣きそうな気持で、直は見つめていた。
お久しぶりです。(〃゚∇゚〃)
短編ですが、お付き合いくださるとうれしいです。 此花咲耶