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波濤を越えて 29 

夕刻、いつもの居酒屋に呼び出された田神は、グラスを重ねる正樹を心配していた。
こんな風に飲む正樹を見たのは初めてだった。

「で?そのままその外国人は帰ってこなかったの?」
「そうだよ」
「柳瀨さんから助けてもらったとはいえ、正樹は行きずりの男と寝たってこと?」
「だから、そうだって言ってるじゃないか」

珍しく正樹は、いらついていた。

「連絡先は?」
「聞いてない」
「メアドは?」
「知らない」
「はぁ……?」

田神は呆れた。
元々、常識はずれなところはあると思っていたが、人見知りなだけに、身持ちも固く、突拍子もないことだけはしないだろうと信じていた。
しかし、正樹の打ち明けた話は、田神を驚かせるには十分だった。

「正樹。きちんと話をしよう。とりあえずビールを飲むのをやめて」
「ん……」
「大丈夫か?自暴自棄になってもいいことなんて何もないんだぞ」
「わかってくれなんて言わないよ。ただね……信じられないだろうけど、本当にひと目で恋に落ちたんだ。向こうもそうだと思う。一晩一緒にいただけなのに、すごく離れがたかったんだよ……」

正樹はくしゅと鼻を鳴らした。
目じりに涙が溜まる。

「好きになってしまったんだ。どうしよう田神。なのに僕は、フリッツの連絡先も電話番号も何も知らないんだ」
「そうか。だったら、どうしようもないね」
「田神……っすん……」

潤んだ瞳が、縋るように田神を見つめた。
こうなると、田神はどうしようもなく正樹に甘くなる。

「よしよし。正樹が誰かを好きになって、俺に相談してきたのは初めてだろう?このまま仙人みたいに、枯れ果ててゆくのかと思っていたから好きな人ができて良かったな。安心したよ。少しの間、待つしかないけど焦らなくてもいいんじゃないか。まだ観光ビザは切れていないんだろ?」
「うん……」
「向こうが、もっと正樹と一緒に居たいのだったら、何かしら言ってくるだろうと思う」
「でも……僕ね……フリッツに冷たくしてしまったんだよ。ドイツに一緒に行かないかって言われて、冗談だろうって突き放してしまったんだ」
「まあ、普通は知り合ったばかりの相手に、母国に行かないかと誘われたら、おかしいと思うよね」

同級生の田神は、いつも正樹に優しかった。




本日もお読みいただきありがとうございます。
結局いつも、田神君に相談……
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「帰ってこないんだよ……」


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