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波濤を越えて 27 

カーテンの隙間から、細く日が差して来て、正樹は眩しさに目覚めた。
傍らに眠るフリッツの顔は、幼く見えて、正樹はふっと微笑んだ。西洋人らしい高い鼻梁が、頬に影を落とし、少し疲れているようにも見える
昨夜の大胆な自分を思い出して、正樹は一人頬を染めた。

薄紫から橙に色を変える空のどこかで、目覚めた小鳥が朝を告げた。

「食べるもの、何かあったかな」

小さくごちると、フリッツの金色の睫毛が瞬いて陽を弾いた。
ゆっくりと瞼が開いて、小さな空が正樹を見つめる。

「正樹……」
「おはようございます」

フリッツも夕べの甘い余韻に目を細めた。

「夢ではなかった?」
「ええ」

お互い手を伸ばし、存在を確かめた。
知っているのは名前だけ。
ほかには何も知らない事実は、互いの枷にはならなかった。
ただ時間だけが限られていた。

あちこちの美術館などを回っているフリッツの、観光ビザはすでに60日を過ぎている。
美術館へ向かう道、言いにくそうにフリッツは切り出した。

「実は……正樹と一緒に居られる時間は、30日しかないんだ」

その事実を告げられた時、正樹は足を止めて、ほんの少し表情を翳らせたのち薄く笑った。

「後、30日もフリッツと一緒にいられるんですね」
「え……?正樹はそういう風に思うの?」
「29日よりも一日多いです。良かった」

フリッツは驚いていた。
自分の記憶のどこを探しても、そういう反応をする人間はこれまでいなかった。なぜもっと早く、そういう大事な事を言ってくれなかったのかと、詰られるだろうと思っていたから、余計に言い出せなかった。

「出会えて良かったと、思っています……僕はこの年になるまで同じ感性を持っている人と巡り合えませんでした。あなたと話していると、国も言葉も違うのに、すごく近しい人と話しているような気がします」
「馬が合う……?」
「そういう言い方もあるのでしょうけれど、僕は運命だと思いました」
「運命?」
「ええ。いつか時の歯車によって出会うべき人と出会う。それは生まれた時から決められた理のようなものです」
「断り……ごめんなさい?」
「そうではなくて、日本人は出会いを縁というのですが、うまい言い方が見つかりません……もどかしいです」

フリッツも言葉は堪能な方だが、細かい比喩などはどうしても理解できない。
ただ、正樹の言葉から、決して出会ったことを後悔してはいないのは伝わった。

「わたしは、正樹と恋人同士になりたいです」
「……僕はそう思っていますけど……違うんですか?」
「だったらもっと欲しがってもいいのに。正樹はどうしてなにも欲しがらないの?」
「僕の欲しいものが、目の前にあるのに?」

これ以上、何を求めればいいのかなと、困ったように正樹は笑う。
その笑顔は儚く、どこかに消え入りそうでフリッツは抱きしめずにはいられない。
手放したくないと、本気で思った。




本日もお読みいただきありがとうございます。
もどかしい二人。でも幸せ……(*´▽`*)


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