波濤を越えて 23
居場所を失った日を思い出すだけで、胸が痛み苦しくなる。
自分を慈しみ育ててくれた両親を、奈落の底にたたきつけるようにして深く傷つけてしまった過去は、どうやっても消せない。
申し訳なさに苛まれ、いっそ死んでしまえばすべてが終わると、何度も思ったができなかった。
これ以上の苦しみを二人に課すだけだと思い直した。
すべてを知る友人、田神が傍に居てくれたことも、大きかったのかもしれない。
フリッツの問いかけに、締め付けられる感情を思い出して、思わず嗚咽をこぼしてしまった。
あれほど惜しみなく愛情を注いでもらっていながら、裏切ってしまったという思いは今も強く、心の底で燻ぶっている。
堰を切って溢れる思いは、雫となってとめどとなく溢れた。
「……っ……」
「正樹……?正樹……どうしたの?」
「すみ……ません……」
「良い子だから……泣かないで」
背中に優しく添う大きな掌が、行き場を失って困っていた。
やがて泣き止まない正樹を、親鳥のように両手で包み込むと、フリッツは耳元で小さな声で歌を歌い始めた。
「Schlafe, schlafe,……」
母が我が子をあやす子守歌が、静かに部屋に響いた……
感情が高ぶってしまった正樹は、フリッツの腕の中でひとしきり泣いたのち、やっと顔を上げた。
「……何だか、色々思い出してしまいました。子供みたいに、泣いてしまって恥ずかしいです」
「悲しい時は声を上げて泣けばいい。あなたはとても辛そうに泣くので、わたしはどうすればいいかわからなくなりました……」
「フリッツ……どうしてだろう。初めてあった人の胸でこんな風に泣いてしまうなんて……僕は、一番信頼できる友人の前でしか泣いたことはなかったのに……」
「可愛い正樹……」
フリッツは濡れた頬に唇を寄せ、こぼれた涙をついと吸った。
「わたしに甘えてください」
「……え?」
澄んだ青い目が、優しく正樹を見つめる。
「あなたを抱きしめても?」
「……なぜ?」
「なぜ……?」
「僕は女性ではありません。よく間違えられましたけど……その次に来るのは、たいてい失望でした」
「あなたが女性でないことは、重要な事ですか?」
フリッツは小首をかしげた。まるで、意味が分からないという風に。
「愛おしいと思う気持ちは、一つです。例えば……小さな子供をあやすとき、美しい絵の前に立ったとき、湧き上がるすべての感情は、愛おしいと思うものに向けられます。違いますか?」
「……僕の愛おしいという感情は、きっと内側に封じ込めるしかなかった感情です。行き場がありません」
「封じ込める……?封印する?」
「ええ。家族にも理解されませんでした……。僕は女性を愛せないんです……」
フリッツはやっと正樹の涙の理由を理解した。
東洋の島国の強い偏見は、フリッツの日本好きの友人から聞いたことがある。
「彼らは、恋人に愛していると伝えるのがとても下手なんだ。全てではないにしても、僕の恋人は、理解されない家族とともに住んでいてね、聞いた話は、まるで冷たい石の牢獄で毎日、異端審問の激しい責めを受けているようだったよ。とても可哀想で胸が痛んだ。だから、僕は彼を連れて帰ったんだ。日本はとても素晴らしい国だけれど、彼らの美徳は時々、愛する人を追い詰める。人を愛するがゆえに、死の淵に身を投げなければならないなんて、悲しいことはないだろう?僕はね、フリッツ。彼に翼を上げたかったんだ。自由に飛んでいいんだよって……」
彼らは今、オランダで同性婚をして幸せに暮らしている。
傍らには、どちらにも似ていない小さな男の子がいて、二人をパパと呼んでいた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
フリッツがそっと歌ったのは、シューベルトの子守唄です。
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・「ね~むれ~、ね~むれ~、母の胸に~♪」「……何で子守唄?」
ひと目で恋に堕ちた二人。甘い夜を過ごせるでしょうか……
思ったよりも長くなりそうなので、サクサク進めなきゃな~と、思っています。
正樹は奥手なので、話が進まないの(´・ω・`)めんどく……いやいや。
自分を慈しみ育ててくれた両親を、奈落の底にたたきつけるようにして深く傷つけてしまった過去は、どうやっても消せない。
申し訳なさに苛まれ、いっそ死んでしまえばすべてが終わると、何度も思ったができなかった。
これ以上の苦しみを二人に課すだけだと思い直した。
すべてを知る友人、田神が傍に居てくれたことも、大きかったのかもしれない。
フリッツの問いかけに、締め付けられる感情を思い出して、思わず嗚咽をこぼしてしまった。
あれほど惜しみなく愛情を注いでもらっていながら、裏切ってしまったという思いは今も強く、心の底で燻ぶっている。
堰を切って溢れる思いは、雫となってとめどとなく溢れた。
「……っ……」
「正樹……?正樹……どうしたの?」
「すみ……ません……」
「良い子だから……泣かないで」
背中に優しく添う大きな掌が、行き場を失って困っていた。
やがて泣き止まない正樹を、親鳥のように両手で包み込むと、フリッツは耳元で小さな声で歌を歌い始めた。
「Schlafe, schlafe,……」
母が我が子をあやす子守歌が、静かに部屋に響いた……
感情が高ぶってしまった正樹は、フリッツの腕の中でひとしきり泣いたのち、やっと顔を上げた。
「……何だか、色々思い出してしまいました。子供みたいに、泣いてしまって恥ずかしいです」
「悲しい時は声を上げて泣けばいい。あなたはとても辛そうに泣くので、わたしはどうすればいいかわからなくなりました……」
「フリッツ……どうしてだろう。初めてあった人の胸でこんな風に泣いてしまうなんて……僕は、一番信頼できる友人の前でしか泣いたことはなかったのに……」
「可愛い正樹……」
フリッツは濡れた頬に唇を寄せ、こぼれた涙をついと吸った。
「わたしに甘えてください」
「……え?」
澄んだ青い目が、優しく正樹を見つめる。
「あなたを抱きしめても?」
「……なぜ?」
「なぜ……?」
「僕は女性ではありません。よく間違えられましたけど……その次に来るのは、たいてい失望でした」
「あなたが女性でないことは、重要な事ですか?」
フリッツは小首をかしげた。まるで、意味が分からないという風に。
「愛おしいと思う気持ちは、一つです。例えば……小さな子供をあやすとき、美しい絵の前に立ったとき、湧き上がるすべての感情は、愛おしいと思うものに向けられます。違いますか?」
「……僕の愛おしいという感情は、きっと内側に封じ込めるしかなかった感情です。行き場がありません」
「封じ込める……?封印する?」
「ええ。家族にも理解されませんでした……。僕は女性を愛せないんです……」
フリッツはやっと正樹の涙の理由を理解した。
東洋の島国の強い偏見は、フリッツの日本好きの友人から聞いたことがある。
「彼らは、恋人に愛していると伝えるのがとても下手なんだ。全てではないにしても、僕の恋人は、理解されない家族とともに住んでいてね、聞いた話は、まるで冷たい石の牢獄で毎日、異端審問の激しい責めを受けているようだったよ。とても可哀想で胸が痛んだ。だから、僕は彼を連れて帰ったんだ。日本はとても素晴らしい国だけれど、彼らの美徳は時々、愛する人を追い詰める。人を愛するがゆえに、死の淵に身を投げなければならないなんて、悲しいことはないだろう?僕はね、フリッツ。彼に翼を上げたかったんだ。自由に飛んでいいんだよって……」
彼らは今、オランダで同性婚をして幸せに暮らしている。
傍らには、どちらにも似ていない小さな男の子がいて、二人をパパと呼んでいた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
フリッツがそっと歌ったのは、シューベルトの子守唄です。
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・「ね~むれ~、ね~むれ~、母の胸に~♪」「……何で子守唄?」
ひと目で恋に堕ちた二人。甘い夜を過ごせるでしょうか……
思ったよりも長くなりそうなので、サクサク進めなきゃな~と、思っています。
正樹は奥手なので、話が進まないの(´・ω・`)めんどく……いやいや。
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