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命 一葉 (いのち ひとは) 3 

一陣の風が起こした葉擦れの音に、思わず窓外に目を向けた。

「懐かしいな、この庭先にある紅葉は、まるで会津の奥山のもののように色が濃い」
「紅葉……そういえば紅葉狩りに行きましたね。粗末な弁当と糒(ほしいい)を持って」
「覚えているぞ。確か一衛はお山は熊が出るのが怖い、山猫にあったらどうしようと、泣きながら付いてきたな」
「はい。帰り道は疲れて、お背におぶっていただきました。江戸に来る道中も、一衛は直正様と昔のように、ご一緒出来たのがとても嬉しかった……」

まるで、道行のようと、口にしては不謹慎だと思い、言葉にはできなかったけれど。
心中者のように、死に場所を求めてここまでまいったような気がするのですと、一衛は静かにつぶやいた。

「直正様。一衛には一生のお願いがあります」

向けられた悲痛な瞳に、一体何かと思う。
これまで直正に何かをねだったことなど、一度も無い一衛だった。

「何だ?」
「い……一度だけ……一衛を……」

ひたと、視線を向けた。

「一衛は、前髪の幼い頃からずっと、直正様だけが好きでした」

思いつめた瞳が雨に濡れた黒い碁石のように光る。

「雪解けの頃の根雪のように、すっかりこの身は朽ちて汚れてしまいましたけれど、今もわたしを弟(おとと)のように愛しいと思っていてくださるなら……」

そう遠慮がちに口にする、すっかり線の細くなった一衛は死期を悟り、兄とも思う人に最期のわがままを言った。
余り日の差さない、雪深い国で生まれた一衛の肌は、死病を得て今や透き通るように白かった。

「もう……何度も……長州や薩摩に荒々しく後孔は使われて、菊門の皮膚は硬くなってしまいました。それでも一衛は、最期に一度だけ、直正様に求めて欲しいのです。……後生ですから……どうか……」

直正は軽くなった一衛を抱く腕に、骨も折れよと力を込めた。

「最期などではない。これからずっと一衛は、俺と共に居るのだ。元々俺は、東京で職を得、次の内戦で武功を立てたら一衛と共に暮らす心積もりだった」
「うれし……それをお聞きしただけで、一衛は一生分の良いことを、神仏に頂いた気がいたします」

つっと頬を一筋、煌く露がころころと転がってゆく。
元より会津の武家出身、命はとうに北国に置いてきた。
二人とも、落城のあの日、お城で家中の者と共に死ぬのを願っていた。
くれぐれも若者は死んではならぬ、お家のために生きるのだと、城代家老に固く諭されて、捨てたい命を抱えてふたりこうして流れてきたのだった。

直正が指を這わせた一衛の肌は、病のせいか熱いばかりでまるで潤いが無く、求めてもつながるのはすぐには難しいだろうと思われたた。
直正は時間をかけて、優しく油と唾を絡めながら濡らし、軽くなってしまった一衛を抱え上げた。
膝の上で、そっと揺すると難無くゆるゆると直正の茎が一衛の哀れな菊門に沈み込んで行く。

「あ……ぁ……直さ……ま」

時間をかけて解さぬとも、濡らされただけで容易く緩んで受け入れる場所が、互いに切なかった。
直正は世間知らずではない。
こうなるまでには、どれほどのひどい目に遭ったのだろうと、一衛が哀れでならなかった。
穢れてしまったと恥じた一衛に、おまえの清浄な魂に傷が付いたわけではないと、目頭を熱くした直正は涙を吸う。
おまえが会津の土になれば……と、耳朶をくすぐるように心を込めて、耳元にささやいた。

「俺は、いつか大地を渡る風になって、どこまでもおまえの側にいる。だから、いつ別れが来ても泣くことはない。俺はずっと、とこしえに一衛の傍にいるのだから」
「一衛の、幼き頃よりの夢が……やっと、叶いました、直正様、しばらく、このままでいてください」

初めて己の中に、ずっと慕って来た直正を迎え入れ、一衛は咽喉をそらして大きく喘いでいた。

「あぁ……あの、頑是無い頃にもう一度、直正さまと戻れたら……」
「うん。会津が懐かしいな。いつか共に帰ろう、一衛」
「あい……」

胸の中で、くっと嗚咽を漏らして一衛が啼いた。

それからしばらくして、薩摩の西郷隆盛が決起し、西南の役が始まった。

新政府に虐げられた武士達の、最期の意地が引き起こした内乱だった。
直正の仕えた元、会津藩家老佐川官兵衛は、鬼人といわれるほどの働きをし明治政府の勝利に貢献したが、その姿は相馬直正と共に戦勝の行列に並ぶ事は無かった。
佐川官兵衛の額を打ち抜いた小銃は、直ぐ側で護衛についていた直正の命も共に奪った。

「か……ずえ……」

どっと倒れて事切れる寸前のまぶたの裏に、燃えあがった紅葉が炎となって揺れる幻覚を見せた。
手を伸ばせば、炎の中でわたくしも共に逝くのです、お連れくださいと、一衛が花のように笑う。

同じ頃。

最後まで玩具のように惨たらしく扱われた一衛が、看る者も無くただ一人嶋原屋の布団部屋に押し込められていた。
褥が深紅に染まるほどの、多量の喀血が白い肌に散った。

「あぁ、これでやっと……自由に、なれる……直正……さ……」

空に伸ばした血糊の付いた細い指に、恋しい直正の腕がふわりと絡んだ。

『 直正さま 』

『 さあ、いこう 』

魂は空で手を取り合い、互いに嬉しげに微笑むと懐かしい国へと飛んだ。
耳朶にささやいた直正の言葉が、一衛の耳にこだまする。

『 おまえが会津の土になれば 春は桜 夏は青葉 秋は紅葉 冬は雪が降っておまえを覆うだろう 』

『 一衛 俺は いつか大地を渡る風になって どこまでも永久(とこしえ)に側にいる 』

『 うれし   』


秋、古里は紅葉が燃えていた。





【おまけ・紅葉狩り】

ちび一衛・6歳「直さま。どこかにいらっしゃるのですか?」

ちび直正・10歳「ああ。日新館の友人と、紅葉狩りに行くんだ。おいしいきのこも探してくるからな、一衛はおうちで待っておいで」

ちび一衛「いやです。一衛は、直さまをお守りするのですから、ご一緒いたします」

ちび直正「頼もしいなぁ、一衛は。では、警護はよろしく頼む」

ちび一衛「あい。お任せください。(`・ω・´)きりっ! 」

直正は結局、友人との約束を後日にし、一衛と二人だけで山へ向かった。

ちび一衛 「きゃあ。直さま、藪が動きました。きっと、熊です~。(´・ω・`) 」

ちび直正「熊も出るだろうなぁ。ここは、熊の住むお山だもの。……人を食う山猫もいるだろうなぁ」

ちび一衛「や、山猫っ!が出たら、直さまはどうするのですか?」

ちび直正「そうだなぁ、一衛を餌にして、俺は逃げるかな」

ちび一衛「直さま。一衛は……直さまのためなら……山猫に食われても……ひっく……」

ちび直正「食われても?ん~?聞こえんなぁ」

ちび一衛「……一衛が、直さまを……命をかけてお守りしま……えっ……ん……」

ちび直正「一衛は、頼もしいなぁ。……おっ」

     じょぉぉ……←ちびった音

     「あぁ、怖くて、ちびってしまったのか」

ちび一衛「し、下帯が、濡れてしまいました。(´;ω;`)どうしましょう……母上にしかられてしまいます」

ちび直正「直さまをかばって、水たまりに尻もちをついたと言いわけしてやろう。ほら、冷たいからお脱ぎ」

    「手ぬぐいを二本、こうすれば下帯の代わりになるだろう?」

ちび一衛「直さま、ごめんなさい。一衛はいつも直さまに、ご迷惑をかけてばかりです」

ちび直正「いいんだよ。俺は一衛がかわいくてならんのだから」

ちび直正「ほら。おぶってやろう、おいで」

ちび一衛「直さま。大好き」

ちび直正「そうか。大人になっても、一衛が俺を好きだったら、ずっと一緒にいような」

ちび一衛「あい。一衛はずっと、お側にいます」

ちび直正「戦場に供をするのなら、怖くてもちびらないようにならないとな」

ちび一衛「あい。」

背後からぎゅっと肩にしがみついた幼い従者は、戦火の後に東京へ供をする。
幼い日の、懐かしい思い出であった。






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