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世良兄弟仇討譚 長月の夢喰い(獏)・2 

獏(ばく):体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎にそれぞれ似ているとされるが、その昔に神が動物を創造した際に、余った半端物を用いて獏を創造したためと言われている。
人の悪夢を喰う。




坂崎采女の眼前に、頭を下げた瀬良の遺児は、正室の子である長男13歳の弥一郎。
冬の朝、子連れで門前に行き倒れていたのを、そのまま母を側室とし子を養子にした12歳の次男の笹目。
そして、最後に側室腹に生まれた末子、まだ6歳の月華であった。
それぞれ小さな手を三角に行儀よくついて、静々と対面に臨んだ幼い遺児達が、そのまま育てばどれほどの青年になっただろうと今でも思う。

父に良く似た弥一郎は、自分の後を慕って念友の契りを交わしたころの忠行に瓜二つだった。
一瞬ではあったが、城代家老、坂崎采女は、思わずその手を伸ばしかけた。
掌中の珠のように愛おしんだのに、忠行は自分を裏切ったのだと思い直した。
凛々しく涼やかな眼差しで、幼いながらにお家存続を訴え出た少年に胸を打たれ、他の家老の中には元服の後に再興を考えてやってもよいのではないか、と言う声が上がった。
坂崎は、お家再興させる気などはさらさらなかったが、周囲の目もあり対面することにした。

「城代さま。瀬良忠行が嫡男、瀬良弥一郎にございます。此度、不慮の事故で亡くなりました父の、勘定吟味役のお跡目を御ゆるしいただくべく、お願いにまかり越しましてございます」
「不慮の事故……?ああ、あの武士にもあるまじき情けない逃げ傷を負った、瀬良の遺児か。わしも若い時分より瀬良には目をかけておったが、見誤ったかの。我が藩にとっても、あのような死は不名誉なことじゃ。もしも江戸表に聞こえるようなことがあれば、殿の顔にも泥を塗ることになろう」
真正面から悪しざまに冷たく罵られ、13歳の少年は悔しさに思わずぎり……と、唇をかんだ。

間も無く元服という時の不幸な出来事で、手をつく弥一郎のその姿は、凛々しい顔に似合わず未だ前髪の幼い形であった。
城代家老と父の間に何があったのか、弥一郎には知る由もない。

当時、家の職業は子々孫々へと、世襲するのが普通だった。
祐筆の家系は、一生祐筆、勘定方は武家でありながら、一生そろばんを弾く。
賄い方も、差料(刀)と同じように、包丁の手入れをした。
余り表には出ないが朝夕人(ちょうじゃくにん)と言う、殿様の小便を受けるだけのお役目がある。
先祖代々、ありがたく尿瓶(しとづつ)を捧げ持ち、参勤交代の折など某と名を呼ばれたら、殿の傍に寄った。
江戸の世になって戦がなくなると、新しく仕官することなど富くじで一番富を引き当てるより難しいといわれた。
一度、職を失うと家族も使用人も一族郎党、路頭に迷うに等しかった。
まだ前髪の嫡男、瀬良弥一郎の肩に、一族の行く末が重くのしかかっていた。

「……城代家老さま。どうぞ、瀬良忠行の……父上の再吟味をよろしくお願い致します。」
声が震え、ついた手にぽろり……と、一滴が転がり落ちた。
「何卒(なにとぞ)、瀬良家のお家安泰の儀、お聞き届けくださいませ」
「一応、話だけ聞いておこう。」

どこまでも冷ややかな、坂崎采女の声に弥一郎の背筋がこわばった。






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