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世良兄弟仇討譚 長月の夢喰い(獏)・1  


獏(ばく):体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎にそれぞれ似ているとされるが、その昔に神が動物を創造した際に、余った半端物を用いて獏を創造したためと言われている。
人の悪夢を喰う。





兄弟達の最後の仇敵である、城代家老、坂崎采女(さかざきうねめ)は胸騒ぎを覚えていた。
悪事の仲間、回船問屋と勘定奉行の突然の死が、腑に落ちなかった。
6年も前のことだが、勘定吟味役の瀬良忠行に抜け荷の証拠を突きつけられ、仲間に引き込もうとして失敗した。
折に触れ、その記憶に悩まされている。

世良忠行は、坂崎の不正を知り顔色を変えていた。
「このようなこと、許されぬ。我が身に変えても、殿への背信(裏切り)、言上つかまつるっ!」
「待てっ。忠行、そのほう、この坂崎がどうなっても良いのかっ」
止めようとする坂崎に、兄弟達の父、正義感の強い瀬良忠行は涙ながらに腕を振り払った。
「采女さまの、お言葉とも思えませぬ」
「待てっ!忠行っ!待てというに」
裏帳簿を握って雨の中を駆け出した瀬良忠行に、仕方なく城代は手練(だ)れの追っ手を差し向け亡き者とした。
一度、悪事に手を染めたものには、真白い心根が眩しく、いっそ踏みにじってやろうと思うのが人の常だ。
思うように染まらぬゆえ、心根の清らかな瀬良をやむなく斬った。

舌の回らぬ幼い頃より「うねめさまぁ」と、慕って来る忠行が、いつしか念友となったのも当然だったかもしれない。
その忠行を、断腸の思いで切り捨てた。
我が身の保身のために、犠牲にした。

道端の溝に倒れこんだ美丈夫の瀬良が、背後から一刃、切りつけられていたのにはそんな訳があった。
正面から一人が身体をきつく羽交い絞めにし、背後から一刀両断、袈裟懸けにいたしましたと始末した家中のものに聞いた。
刀を抜くことも無く、不名誉にも逃げ傷を負わされて、瀬良は、「あな、口惜しや……采女どの」と呻いてこと切れたそうだ。
骸となった忠行の形相は、まるで坂崎を責めるように歪んでいた。

「いずれ仔細を知れば、仇を討ちに来るやも知れぬ」
世良忠行の無念の残った表情を見た小心者は、口々に怯えた。
平和な日々に、仇討などするものが有るものか、そういって笑って回船問屋と勘定奉行を安心させた城代家老であった。
「世良忠行は、我らの仲間に入らなかったばかりか、手向かった。あやつは、死しても獣(しし)食った報いを受けねばならぬ」
「どうなさいますので?」
「武士の尊厳など、馬鹿げたことと教えてやるまでよ」
坂崎の意向で、その遺骸は溝に放置され一夜雨に打たれた挙句、番所に運び込まれた。
しかも武士にあるまじき傷での死として、不幸にも埋葬前に高札の元で3日間晒されることになった。
その裁可も、城代たる自分が出向いて下した。

聞くところによると、長兄の弥一郎は、埋葬許可が下りるまでの三日間、父の遺体の傍に薄い敷物を敷き共に過ごしたそうだ。
きりりと頭をあげ、握り飯と香の物だけを食し、きちんと正座する姿はさすがに武士の子だったと記録に残る。
夏の盛りに父の遺体は傷むのも早かった。
「あれをごらんよ」
「可哀想に……仏さんを引き取りたいと願い出たのに、許されなかったそうだよ」
遠巻きに町のものが眺め、噂をしあった。
両眼に蝿がたかり蛆がわき始めた4日目に、母にも伝えず弟達の手を引いて、思いつめた目をして弥一郎は、城代家老の眼前に手をついた。






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