明けない夜の向こう側 第二章 2
前時代的な着物の中に埋まるようにして、少女は顔を上げた。
「うふふっ……滑っちゃった」
「郁人さま……おいたが過ぎます。お熱が出たらどうなさいます。苦いお薬を飲ませてくださいって、望月先生にお願いしますよ」
胸を撫でおろした世話係の袖をつかんで、郁人は涙ぐんだ。
「いや、いや。ばあやの意地悪……くっすん……」
櫂は少女の愛らしさに、すっかり目を奪われていた。
今まで生きて来て、これほど美しい子供に会ったことはない。
施設にいる子は、垢じみた服を着て肌はガサガサなのに、この子の髪は絹糸のようで赤みのない頬はすべすべとした白磁の陶器のようだった。
「あなたは、だぁれ?」
大きな瞳に問われた櫂は、胸の鼓動が大きくなったような気がして、慌てた。
「御堂櫂……と言います。今日から、ここに陸と一緒に住むことになっています」
「まぁ……」
大きな目が一層大きく見開かれて、こぼれそうになった。
「あなた達が、お父さまが郁人に下さるっておっしゃったおにいさま?」
「くださるって、なんだ……?おれはモノではないぞ」
「だって、おとうさまが……そうおっしゃったんですもの……」
涙ぐんだ郁人の機嫌を取るように、女中が抱き上げた。
「まだ、お話がお済ではないのですよ。困らせてはいけません、さぁ、郁人さまはお部屋に戻りませんとね……先生がいらっしゃる時間ですよ。お話はあとになさいませ」
「お注射は嫌い……」
「お熱が出ませんでしたからお薬にしてくださいって、お話ししましょうね」
「そう言ってね、ばあや」
幼子をあやすように、世話係が機嫌を取っていた。
陸と櫂は、呆然と後姿を見送った。
「びっくりしたぁ。あの……女の子……って、おれの妹ってこと?」
「そういう事になるんだろうなぁ……あの、最上さん。おれ達、何も聞いてなくて……」
「はい。お話いたします。お二人とも、ひとまず櫂さまのお部屋にどうぞ」
案内された櫂の部屋は、施設の食堂ほどもあり、大きな書棚、机、真新しい寝台などが置かれ、まるでれっきとした客用の応接間ではないかと思えるほどだった。
中でも、書棚に揃えられた沢山の本の中には、父が持っていた物理や化学、医学の専門書もあり、櫂は思わず駆け寄った。
「すごい!この本、見てもいいですか?この本、見たことあります……父が、持っていました」
「どうぞ。ここにあるのは、全て旦那様が櫂さまの為に揃えてくださったものです。櫂さまのお父さまは、お医者様だったと伺っております。旦那様が、郁人さまの為にも夢をかなえて欲しいとおっしゃっておりました」
「?……どういうことですか」
「郁人さまは……いずれ旦那様からお話があると思いますが、あんな格好をしておりますが、れっきとした男児でいらっしゃいます」
「へ……?男児って……?」
豆鉄砲を喰らったように、二人は目を見開いた。
女児の着る、派手な花友禅の振り袖を着た少女が、男児だとはとても信じられない。
花のように微笑み、表情のくるくる変わる可愛らしい子だった。
何かの冗談ではないかと思う。
「うっそ~。あの子が男……って?おれとにいちゃみたいに……一物がぶら下がってるのか?」
「そうですねぇ。お可愛らしいものをお持ちです」
「日本男児なら、それらしくしないと。あのなりでは、おれ達じゃなくても間違ってしまう」
ドアの扉がノックされて、笹崎が紅茶と菓子を運んで来た。
「まあまあ。そこで立ち話もなんですから、二人ともそこの寝台にでも掛けませんか?」
おそらく少しばかり不穏になった空気を感じていたのだろう。笹崎は笑顔を向けた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
可愛い女の子だと思ったのは、どうやら男の子でした。
火、木、土曜日、更新予定です。
※ランキングに参加しております。よろしくお願いします。
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「うふふっ……滑っちゃった」
「郁人さま……おいたが過ぎます。お熱が出たらどうなさいます。苦いお薬を飲ませてくださいって、望月先生にお願いしますよ」
胸を撫でおろした世話係の袖をつかんで、郁人は涙ぐんだ。
「いや、いや。ばあやの意地悪……くっすん……」
櫂は少女の愛らしさに、すっかり目を奪われていた。
今まで生きて来て、これほど美しい子供に会ったことはない。
施設にいる子は、垢じみた服を着て肌はガサガサなのに、この子の髪は絹糸のようで赤みのない頬はすべすべとした白磁の陶器のようだった。
「あなたは、だぁれ?」
大きな瞳に問われた櫂は、胸の鼓動が大きくなったような気がして、慌てた。
「御堂櫂……と言います。今日から、ここに陸と一緒に住むことになっています」
「まぁ……」
大きな目が一層大きく見開かれて、こぼれそうになった。
「あなた達が、お父さまが郁人に下さるっておっしゃったおにいさま?」
「くださるって、なんだ……?おれはモノではないぞ」
「だって、おとうさまが……そうおっしゃったんですもの……」
涙ぐんだ郁人の機嫌を取るように、女中が抱き上げた。
「まだ、お話がお済ではないのですよ。困らせてはいけません、さぁ、郁人さまはお部屋に戻りませんとね……先生がいらっしゃる時間ですよ。お話はあとになさいませ」
「お注射は嫌い……」
「お熱が出ませんでしたからお薬にしてくださいって、お話ししましょうね」
「そう言ってね、ばあや」
幼子をあやすように、世話係が機嫌を取っていた。
陸と櫂は、呆然と後姿を見送った。
「びっくりしたぁ。あの……女の子……って、おれの妹ってこと?」
「そういう事になるんだろうなぁ……あの、最上さん。おれ達、何も聞いてなくて……」
「はい。お話いたします。お二人とも、ひとまず櫂さまのお部屋にどうぞ」
案内された櫂の部屋は、施設の食堂ほどもあり、大きな書棚、机、真新しい寝台などが置かれ、まるでれっきとした客用の応接間ではないかと思えるほどだった。
中でも、書棚に揃えられた沢山の本の中には、父が持っていた物理や化学、医学の専門書もあり、櫂は思わず駆け寄った。
「すごい!この本、見てもいいですか?この本、見たことあります……父が、持っていました」
「どうぞ。ここにあるのは、全て旦那様が櫂さまの為に揃えてくださったものです。櫂さまのお父さまは、お医者様だったと伺っております。旦那様が、郁人さまの為にも夢をかなえて欲しいとおっしゃっておりました」
「?……どういうことですか」
「郁人さまは……いずれ旦那様からお話があると思いますが、あんな格好をしておりますが、れっきとした男児でいらっしゃいます」
「へ……?男児って……?」
豆鉄砲を喰らったように、二人は目を見開いた。
女児の着る、派手な花友禅の振り袖を着た少女が、男児だとはとても信じられない。
花のように微笑み、表情のくるくる変わる可愛らしい子だった。
何かの冗談ではないかと思う。
「うっそ~。あの子が男……って?おれとにいちゃみたいに……一物がぶら下がってるのか?」
「そうですねぇ。お可愛らしいものをお持ちです」
「日本男児なら、それらしくしないと。あのなりでは、おれ達じゃなくても間違ってしまう」
ドアの扉がノックされて、笹崎が紅茶と菓子を運んで来た。
「まあまあ。そこで立ち話もなんですから、二人ともそこの寝台にでも掛けませんか?」
おそらく少しばかり不穏になった空気を感じていたのだろう。笹崎は笑顔を向けた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
可愛い女の子だと思ったのは、どうやら男の子でした。
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