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明けない夜の向こう側 第二章 4 

郁人の朝は、小鳥のように早い。
空が白み始めた頃から、そっと部屋にやって来て寝台の上に跳躍する。

ばふっ!

「兄さま、朝ですよ~」

「ん~……郁人?……まだ、早いよ。夜が明けたばかりじゃないか……」

「櫂兄さまは、とっくに起きていらっしゃるのに、お寝坊さん」

うふふっと笑う、いたずらっこの郁人は、相変わらず女の子のようで可愛くて、男児と知っていても時々陸は扱いに困ってしまう。

「にいちゃは、受験勉強が大変なんだから、邪魔するなよ郁人?」

「しないもん……だけど、郁人も兄さまと一緒に学校に行きたいな……」

「望月先生が行ってもいいよって言ったらな。まずは、もっとしっかり飯を食って、肉つけなきゃ」

「ん……」

肩にもたれた郁人を、そっと陸は抱き寄せた。

「おいで。飯の時間にはまだ早いから、もう一度お休み」

布団の中で陸の体温に包み込まれると、すぐに寝息を立て始めた郁人は、鳴澤の家に来た日からずっと陸と櫂の傍に居る。

本家で暮らしていた郁人は、陸と櫂と出逢ったその日から共に別邸で暮らすことを望み、めったに顔を見せない鳴澤の父は当然のようにそれを許した。
大きな輸送用のほろ付きトラックが、郁人の持ち物を本宅から往復して運び、最上(もがみ)家令の差配で家の中に運ばれてゆくのを、陸も櫂も唖然として見つめていた。
鳴澤家での暮らしに慣れていた二人だったが、それがすべて郁人ただ一人の持ち物と知り目を瞠るしかなかった。
数週間前、出入りの大工が突貫工事で、三部屋の壁を取り外して、郁人の部屋を作り上げ、郁人付きの世話係の小部屋も隣に作られた。
陸も櫂も鳴澤の家に来てから、郁人の希望はよほどのことがない限り、すべて叶うと知っている。
娘を病で失った父親というのが、皆、鳴澤と同じように残された子を溺愛するかどうかわからないが、鳴澤の郁人への溺愛ぶりは尋常ではないように思う。

「そのうち、陸も郁人と同じように扱われるかもな。どうする?あんなひらひらした着物着ろと言われたら?」

勉強の手を休めて、振り返った櫂はふっと微笑んだ。

「やだよ。おれ、今のままが良い。欲しいものが苦も無く手に入るのって、ちょっとおかしいと思うもの。努力が報われることも知らないなんて、ちょっとかわいそうな気がする。悪いことをしても叱られないって、変だし……なんか間違っている気がする」

「そうだよなぁ。郁人が欲しがったのかどうかわからないけど、庭には猟犬や馬までいるんだからな。まるで私設動物園だ」

「猫もヤギも兎もいるよ」

「そうだな」

「兎と言っても、郁人が部屋の中で飼っているのは、おれ達が知っている食用の白いやつじゃないんだ。亜米利加の大使館を通して手に入れたっていう、ネザーランド……何とかっていう、茶色の毛で黒い目の特別な奴なんだって。郁人はそいつらにおれとにいちゃの名前を付けてるんだ。やめろって言ったのに。ほら、これ。郁人が持ってきた写真」

「ん?」

嬉し気に小さな兎を抱えた郁人が、市松人形のように見えた。

「郁人は学校にやってもらえないから、陸が帰ってくるまで寂しくて仕方がないんだよ。家庭教師が来るけど、爺さんだから遊び相手にはならないからな」

分かっている……と、陸は兄の顔で頷いた。

「なんだか、郁人とおれって、昔のおれとにいちゃみたいなんだ。郁人は金魚のフンみたいに、おれの後ろばっかりついてくるし」

「あははっ。なんだ、自覚があったのか、金魚の……」

「言うな~!」

櫂にとびかかった陸は、あっさりと手首を取られてしまう。

「陸。郁人を守ってやれよ。お前たちは、血のつながったほんとの兄弟なんだからな」

「ん……」

陸は涙ぐんでそっぽを向いた。

「にいちゃがこの家を出て行くのは嫌だけど……子供のころからの夢が叶うんだもんな。おれ、応援する」

本当はすごく寂しいけど……と、心の中で呟いた。

やがて陸も進級し、櫂は新制高校生になった。
難関試験を見事突破して、医学部のある華桜陰大学付属、有名私立華桜陰高校に入学する櫂は、鳴澤の家を離れ寮に入ることになっていた。
全寮制の為、生徒は初年度に限り全員が入寮することになっている。
陸と離れて生活することに、櫂も多少の寂しさを感じていたが、この時は夢がかなう嬉しさの方が勝っていた。




本日もお読みいただきありがとうございます。

火、木、土曜日、更新予定です。……と言いながら、今日を月曜日だと思っていました。すまぬ~(´・ω・`)
覗いてくださった方、ごめんなさい。

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