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明けない夜の向こう側 第二章 1 

戦後、上野で出会った御堂櫂、吉永陸の二人は、揃って陸の父親、鳴澤征太郎に引き取られ、鳴澤姓を名乗ることになった。
陸の父親は、多忙なため、早々に二人を笹崎に預けると仕事に戻った。

初めて、父親の屋敷に足を踏み入れた二人は、敷地の広さに圧倒され、内心すっかり怖気づいていた。
鉄の門をくぐってから、車寄せのある大きな玄関に着くまで車はしばらく走り、ここまで広大な屋敷を想像していなかった二人は驚くばかりだった。
進駐軍に接収され、ホテルに改装されるはずだった屋敷を、買い戻したという話だった。
強張った二人の横顔を盗み見た笹崎が、ふっと口角を上げた。

「お二人とも、ずいぶんおとなしいですね。心配ありませんよ。こちらのお屋敷は、外部の人間はほとんど足を踏み入れることのない別邸です。いずれ、本宅にもご挨拶に伺うことになりますが、しばらくの間、陸さまと櫂さまには、こちらにお住まいいただきます」

窓の数だけを数えても、どれほど部屋数があるのかと思う。

「にいちゃ、あそこ。……玄関先に、人が立ってる……」

「ああ、あれは、この別邸の使用人たちです。料理人と庭師、身の回りの事をする女中と家令がいますから、社長に出迎えるよう言われたのでしょう。後で紹介させていただきます」

車寄せに降り立った坊主頭の櫂と陸を見て使用人たちは、そのみすぼらしさに一瞬驚いたような表情を浮かべたが、笹崎が頷くのを見て笑顔を向けた。

「長旅でお疲れになりましたでしょう。わたくしは鳴澤家の家令を務めております最上と申します。鳴澤家には数人の執事がおりますが、まあわたくしは皆の取りまとめ役と言ったところです」

「……まとめ役?級長みたいなもの?」

陸の言葉に家令はふっと笑みを浮かべた。

「さようでございます」

「にいちゃも級長だったんだよ。じゃあ、最上さんが一番偉いんだね」

「偉いかどうかは分かりませんが、確かに一番年は食っておりますよ。先代からずっとお勤めしておりますので、鳴澤家の内情は良く存じ上げております。櫂さま、陸さま、お待ちしておりました」

「社長も、最上さんのいう事には耳を貸すんだよ。最上さんは社長にとって、まるで父親みたいな存在なんだ。屋敷の管理はほとんど最上さんが仕切っている。最上さんには、君たちに鳴澤の家の事を色々教えてくださいってお願いしているから、わからないことがあったら何でも聞くといい」

「よろしくお願いします」

櫂は殊勝に頭を下げた。
陸は実子だからまだいいが、自分は血縁のない養子だから、鳴澤の家の役に立たない場合は出て行くしかないと、すでに覚悟を決めている。

「それほど固くなることはないんですよ。櫂さま、陸さま。皆、お会いできるのを楽しみにしておりました。どうか、新しいご自分の家と思ってくださいますように。早速ですが、お部屋にご案内いたします」

櫂の風呂敷包みを取り上げて、着物に洋風の割烹着を付けた女中が「こちらでございます」と先を行く。
慌てて後を小走りで追いかけようとする、陸にもう一人の女中が声をかけた。

「陸さまのお部屋はこちらでございます」

「おれ、にいちゃと一緒がいい」

「陸さま。それはいけません。陸さまは……」

その時、誰かの悲鳴が聞こえた。

「いやーーーーっ!!」

「郁人さま!いけません。落ち着いてください、郁人さま」

櫂と陸は、誰だろうと顔を見合わせた。陸よりも幼く見える子供が、世話係らしい婦人を困らせていた。

「すぐにご挨拶に来てくださいますから。先生が、興奮しては駄目だとおっしゃっていたでしょう?」

「いや。車が入って来たのが見えたんだもの。郁人は、早く会いたいの……あっ」

大仰な振袖をまとった少女は、その場で滑って盛大に転んでしまった。

「郁人さまっ!?」

悲鳴のような世話係の声に、皆が駆け寄った。



本日もお読みいただきありがとうございます。
今日から新章になります。引き続き、第二章をよろしくお願いします。
新しい登場人物です。名前は鳴澤郁人(なるさわいくと)と言います

火、木、土曜日、更新予定です。
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