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明けない夜の向こう側 第二章 6 

「うわああぁあーーーっ……」

「郁人さまっ!?」

運転していた笹崎は、揉みあっているように見えた二人が、同時に窓から転落したと勘違いし、必死に現場へ急いだ。

「陸さまっ!」

「笹崎さん、だ、大丈夫。郁人は落ちてないから……っ」

刈り込んだ背の低い植木が、屋敷をぐるりと囲んでいるのが幸いした。
心配して覗き込む笹崎に、大丈夫だと応えたが、地面に叩きつけた足の痛みに呻いた。
陸の体重と衝撃を、茂った庭木が受け止めてくれたおかげで、骨折もせず打撲と片足のねん挫程度で済んだのは幸運だった。

「いてて……」

「動かないで」

植え込みに突っ込んだ陸を救出した笹崎の顔は、色を失くし真っ青だった。

「せっかく丹精してたのに、ごめんなさい。……笹崎さんから……庭師さんに、お詫びを言ってください」

「何を言っているんですか。いいんですよ、そんなもの……勘弁してください。陸さまと郁人さまの着物が落下するのが見えたので、心臓が止まるかと思いました」

「うん。ごめん。郁人を助けるのに無我夢中で、袖をむしり取ったみたいだ……あ、痛っ」

笹崎は陸の靴下をそっと脱がし、青く腫れたのを見て顔をゆがめた。

「足を痛めたんですね。折れてなければいいんですが……こうしても大丈夫ですか?」

膝裏に手を差し入れて、笹崎は達くを持ち上げた。
笹崎に抱かれて部屋に戻った陸の怪我は、郁人の診察の為に屋敷に常駐している主治医の望月医師が診た。
診察後、頭を強く打っているといけないから、しばらく安静にするようにとだけ告げて、化膿止めの抗生剤の注射を看護婦に命じた。

「郁人は平気ですか?」

「郁人さまは貧血を起こしたようだね。まだ身体が起きていない起き抜けに、考えなしに走ったりしたから、脳に血が行かない立ちくらみのような状態になったのだと思う。君が傍に居てくれてよかったよ。まっすぐに落下していたら、敷石に叩きつけられるところだった。痛むところはないかい?」

「……大丈夫です。あの、笹崎さん。郁人はどうしてる?おれ郁人を手荒に押しやったから、怪我をさせたんじゃないかって心配だったんだ」

「郁人さまなら、ご自分のお部屋で泣いてますよ。自分のせいで陸兄さまがお怪我をしてしまったって、大変な落ち込みようです」

「そう。じゃあ、大丈夫だよって言ってやって。このくらい大したことない、すぐに治るから。後、着物の袖も、破ってしまってごめんって」

「伝えておきます」

廊下で慌ただしい物音がして、鳴澤が顔を出した。

「陸っ!陸っ……!おお……起きていて大丈夫なのか」

その顔は蒼白で、急いだせいで息を切らし、いつもは丁寧に整えている髪も乱れていた。
鷹揚とした普段の態度とはまるで違う鳴澤の姿に、陸は戸惑った。

「知らせを受けて、飛んで来たんだ。郁人をかばって、二階から転落したそうじゃないか。痛むところはないか?足を痛めたのか?」

「あ、はい。でも、大丈夫です。挫いただけだから……これは、ちょっと望月先生と笹崎さんが大げさなんです」

「可哀想に……だが、軽傷で良かった。お前が怪我をしたと聞いて、生きた心地がしなかったよ。陸……お前に万一の事があったらと考えて、心臓が縮み上がった……本当に無事で良かった……」

陸の手を大きな手で包み込み、額を押し付けて鳴澤は咽んだ。
初めて寄せられる真っ直ぐな親の愛情に、陸は戸惑った。
震える鳴澤の厚い肩に、迷いながらそっと陸は手を置いた。これまで、流されて来たものの鳴澤に血のつながりを感じたことなどなかったように思う。
だが、こうして子を案じる姿を目の当たりにして、関わる時間は少なくとも、その心に偽りはないと信じた。

「……心配をかけて、ごめんなさい……あの……お父さん……」

「陸……」

「お仕事があるのに……ありがとう」

「仕事なんぞいいんだ。くれぐれも身体だけは、大切にしなさい。いいね?」

「……はい」

陸の目に熱い涙が盛り上がった。
引き取られてやっと、父と分かり合えた気がする。
鳴澤の家で初めて居場所を得たような気がして、陸は鼻をすすった。



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