輝夜秘(かぐやひめ)・2
男子でありながら翁に感じ易い身体に仕立て上げられて、いつか内面からも溢れでる色香をまとった美貌の輝夜の姿を運よく見たものは誰もが賞賛の声を上げた。
今宵も長い美しい艶のある黒髪をくしけずり、額には薄い置き眉を飾っている。
雅な十二単を肩口から滑り落とし、輝夜は毎夜、甘い息を哀しく吐いた。
「今日のお相手は、右大臣殿じゃ。」
翁が今宵の夜伽の相手の名を告げる。
翁の懐には、輝夜の一夜の代金として届けられた、黄金の小粒が一袋入っていた。
物言いたげに唇を震わせ、哀しい顔を向けるだけで、決して抗ったりできない輝夜だった。
漆黒の闇の中、牛車がきしみ通って来た客人が御簾を上げたとき、輝夜は拾われた時のように一糸まとわぬ恰好に薄い単衣を羽織り、白く発光していた。
右大臣が思わず息をのみ、感嘆を漏らした。
夜ごと昂められては、棄て置かれた劣情が輝夜の内部で発酵し、いつか視線さえ男を誘うようになっている。指が触れただけで、かぐやの目は潤み肌は薄紅を掃いたようだ。
清らかな精神と感じ易い肌は、冴えた月のように輝き、まるで天を舞う吉祥天女のようだった。
「その方が、都で評判の輝夜とやらか。噂にたがわず美しいの。」
「右大臣さま…今宵は、存分に可愛がって・・・くださりませ。」
右大臣の胸に縋る輝夜の脳裏に、呪文のように翁の声がこだました。
「よいか。噂を聞きつけて現れた求婚者に、決して気持ちを流されてはならぬ。」
「良いな、無理難題をふっかけて搾り取れるだけ搾り取るのじゃ…」
倦み疲れた耳元に翁がささやいた。
存分に開かれながら、輝夜は思った。
わたしには、どうせ子を成す事もできないのだもの、いっそ冷たく引導を渡した方が良い・・・
わたしのことなど、きっぱりと忘れて、皆可愛い姫御前と、ご一緒になるのがいいのです・・・と。
いつかはどこかへ行く運命なのだと、輝夜の内なる声が告げていた。
輝夜を貪る右大臣が、ぐいと腰を打ち付け輝夜はいっそうの艶を得た。
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輝夜の肌に溺れた右大臣がひとしきりなぶった後、小箱を取り出した。
「さあ。これは南海の海で取れた珍しい珊瑚玉の髪飾りじゃ。輝夜の髪に挿せばさぞかし映えて美しかろうと思い手に入れた。」
「それとも、そなたのひくつく、もう一つの可愛らしい口への紅にして進ぜようか?」
鏡越しに、輝夜の髪に挿す右大臣の顔は、征服者のものだ。
輝夜は小さく頭を振った後、右大臣の手の中にある珊瑚玉を見つめた。
恋人の口から感謝と喜悦の声が溢れるのを待つ右大臣に、思いがけず輝夜はつれなかった。
輝夜は珊瑚玉を手のひらに受け取ると、なぶろうとした右大臣に冷ややかな視線をむけた。
高価な珊瑚玉と言いながら、右大臣が自分の隠された肉に忍び込ませようとしたものが、輝夜はまがい物と気が付いたのだ。
手の内の髪飾りが、自分を手に入れるために色を塗り重ね釉薬を垂らしたものと、一目で見破って輝夜は告げた。
「・・・わたしの本当に欲しいのは、天竺に棲む火ネズミの衣じゃ。このようなまがい物の珊瑚玉に、興味はない。」
「右大臣殿、この屋敷から、疾く去ぬるがよい。」
「輝夜!・・・あっ!」
誰にもばれたことの無い精巧な偽物をばらばらと投げつけられて、時の右大臣は顔色を無くしてうろたえていた。
「釉薬を垂らし、野焼きした壺に、時折こういう柄が出ると聞いたことがありまするよ。戯言は大概にされたがよろしかろう。」
両手を揉み絞り言い訳を重ねる貴公子に、玲瓏な白面を向けて、輝夜は冷たく告げた。
「もう、あなた様には、これきり逢いとうない。」
「わたしをたばかる不実な方に、これ以上、わたしの誠は差し上げられませぬ。お別れでございます。」
「輝夜!」
輝夜が声を掛ければ、手練れの警護のものが泣き縋る貴公子を引きずり出し、寝所から追い払う。
「すまぬっ!どんなことをしてでもそなたを手に入れたかったのだ。輝夜!もう一度だけ機会を与えてくれ。今度こそ、なんとしてもそなたの望みに応えるから・・・っ。」
世もなくすすり泣く貴公子に、輝夜は御簾を上げさせると、この世の物とも思えぬ艶やかな微笑みを向けた。
「では、いつか・・・。」
「火ネズミの衣を持ったあなた様になら、輝夜はお逢いいたします。」
「わかった!必ず!…必ず!」
叶うはずのない約束をして、この後右大臣は九死に一生を得るような冒険の旅に出かけることになる。
後に・・・命からがら天竺まで渡り、決して燃えることの無い「火ネズミの皮衣(かわごろも)」を手にし、輝夜の前に現れた右大臣は衣も裂け、烏帽子は折れていた。
やっと会えた輝夜の足先にかきつくようにして、身も心も張りつめた右大臣は叫んだ。
「輝夜!とうとう、火ネズミの皮衣を手に入れた。さぁ・・・これを見てくれ。」
輝夜は必死に持ってきた皮を指先で摘み上げると、ちらりと見やり、庭先の明松火の中に何のためらいもなく、ぽんと放りこんだ。
「あーーーっ。」
瞬時に炎の餌食となった燃えないはずの皮衣が、ばっと燃え上がるのを見て、気の毒な皇子はついにその場にばたりと倒れ、意識を失ってしまった。
元々、『火ネズミの皮衣』など、物語の中にしか存在しない。
輝夜は自分を、まがい物の珊瑚玉で裏切った右大臣を、どれほどの財宝を積まれても許さなかった。
昏倒した皇子を助け起こそうともせず、輝夜は冷めた視線を流すと、屋敷奥へとさっさと隱れてしまった。
従者は余りのことに、右大臣に取りすがり薄情な輝夜を呪った。
だが、高貴な公達の続く求婚に、ことごとくつれない返事を返した輝夜の、本心を知る者はいなかった。
「お気の毒な方・・・」
御簾の向こうで、輝夜は翁に組み敷かれながら、憐みの言葉を本心から口にした。
細い灯火に照らされた輝夜の横顔に、ころ・・・と水滴が転がった。
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新しいお話はBL的昔話です。
誰もが知っている日本最古のsfです。
しばらくの間、お付き合いください。
ランキングに参加していますので、ひと手間おかけしますが、どうぞよろしくお願いします。此花
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