輝夜秘(かぐやひめ)・4
どれほどの財宝を積んでも、つれなく貴人たちを袖にする輝夜というのは一体どのような者なのか。
噂ではしなやかな竹のような滑らかな肌を持ち、銀盆の満月のように冴え冴えとした美貌であると言う。
国中の男の内、金のあるものは一夜の代金を払い、貧しいものは屋敷の塀からのぞき、賤しきものは土壁をくりぬき一目見ようと工夫をこらした。
国中の見目麗しい女子、男子(おのこ)を傍に置き、物心共に満ち足りた日々を送る帝は、都中が騒ぎ立てる輝夜祕がどのような姿をしているのか、どうにも知りたくてたまらなくなった。
「一度、会うてみよう。」
宮殿に翁が呼ばれ、山椒魚のように這いつくばった翁は、顔を上げるのを許され御簾越しにも眩しいとわかる当代の貴人を見た。
なるほど、これこそ輝夜にふさわしい相手だろうと内心ごちた。
見遣れば麗しい女房たちも華やかに周囲を彩ってはいたが、翁の目に輝夜よりも美しい者はいなかった。
帝は、翁に足労をかけたと金子を与え、今宵赴くと告げ姿を消した。
この時代の婚姻は、夫(つま)が通ってくるのが当たり前であったから、帝と言えど夜ごと愛する者の家に通う。
いよいよ、その時が来たと翁は急ぎ戻ると、輝夜に珠の肌にすぐに磨きをかけるように命じた。
「喜べ、輝夜よ。ついに、帝自らお越しになるぞ!このような、あばら家だが、構うまい。」
「少しでも良く見えるように、表に香梅の大枝を飾るのじゃ、そうじゃ、酒も肴も奮発せねば・・・」
翁の張り切りように比べ、輝夜は暗く浮かぬ顔をし、帝の訪問と聞いても何の喜びも見せなかった。
従者が香を焚き染め、新しい小袿(着物)を準備してもぼんやりと月を眺めているばかりであった。
心に聞こえる声が誰のものか分からぬまま、ますます大きく鮮明になってゆく。
薄桜から紫苑への色の移ろいに、裳裾を支度をさせる小者すら息をのむ艶やかなこしらえにも、檜扇の影で浮かぬ顔をしていた。
新しくおろしたばかりの唐衣の銀糸が、光を弾いて光をまとっているように見える。
「さあ・・・帝が来る前に湯を使い、身体の準備も怠りなく済ませておかなければのう。」
「華奢なおまえが辛い想いをするのは哀れだから、そうだ・・・香りの良い新しい丁子油も買いに行かせよう。」
輝夜の小さな顔の顎をついと持ち上げると、翁は優しく口を吸った。
この日を待ちかねていた翁は、いつになく上機嫌で輝夜のためにと新しい油まで買いに行かせるほど気前もよい。
「さあさあ・・・こうしてお前を貪っていても、幼いころよりわしは真実おまえを愛おしいと思っていたのだ。竹藪で、そなたを拾った時、いつかお前を殿上に上らせ誰よりもふさわしい場所に立たせてやりたかった。」
口先だけで、そのようなことを言いながら、逃げる舌先を捉、根元を巻き込むと、輝夜はこらえきれずにほろと泣いた。
背後から膝の上に搖すりあげると、ぱたぱたと涙は溢れ輝夜はとうとう俯いてしまった。
「父さま。輝夜は本当は…そう思っていただけるのはうれしいのですけれど・・・。輝夜は・・・この身はいつか…おそばを離れてゆかねばならないと、決まっておるのです。」
「それは、どういうことだ。」
いぶかしげに問う翁に、輝夜は時が来れば自分はどこかに徃かねばならないのです・・・と、涙ながらに打ち明けた。
「ずっと、物心ついたころから、きっと迎えに参るとの声が聞こえていたのです。父さまには、輝夜の背中の上にある丸い瘤(こぶ)に、お気づきにはなりませなんだか?」
「瘤と・・・?」
翁は輝夜の薄物の上から、そっと手を触れ確かめた。
そういわれてみると、背中の肩甲骨のあたりに手を丸くして伏せたくらいの瘤がある。
誰も皆、美しい輝夜の顔に見惚れるばかりで、数度となく通ってきたものも誰もそのような話をせず小粒の入った小袋を差し出した。
「輝夜はきっと、この世のものではないのです。日ごとに肌も透けて来て、皆さまの来る薄闇にはわかりませぬが、陽の中で鏡を見ると輝夜の瞳は、時折白い兎のように赤く見えまする。」
「白い兎と・・・?」
身体をずらし、覗き込む翁の目に確かに輝夜は変化しているように見える。
シュッ・・・
いきなり寝所の奥にまで、矢が射かけられた。
「あーーーっ・・・!」
わらわらと、土足で踏み込む衛士の姿に、翁は動転し輝夜を手ばなし叫んだ。
「慮外者め!今宵、帝がお越しになろうという翁の家に誰が射かけたのだ!」
宮殿、御所に詰め、貴人などを守る兵士どもが何故ここにこうして踏み込んできたか、欲にしか興味のない翁には分からなかった。
「何をなさいます。このようなあばら家に物々しい。」
「ここには力の弱い翁と、輝夜しか住んでおりません。」
引き立てられた翁は、恥も外聞もなく命乞いをした。
そして翁は壁を蹴破る兵士の中に、傷心の後恋煩いで虚しくなった輝夜の求婚者、大納言の弟がいるのを見た。
輝夜に「竜の首の珠」を強請られ、何度も大陸に渡ろうとして敵わず、ついには盲になってしまった大納言は、ただ一人輝夜がその懸命な姿に涙した青年だった。
大納言は、輝夜がそばにいると聞いて聞こえよがしに声を張った。
「こうして約束を守れなかったのだから、もうお傍に居られなくなるのも仕方がない。」
「あの方は、元々わたしには釣り合わない、天上に棲むお方だったのです。」
破れた衣を織り、杖をつき都に戻ってきた大納言は、人々の物笑いの種になった。
衛士を務める弟は、文武両道に優れた立派な兄を、あっさりと袖にした「輝夜祕」が許せなかった。
「輝夜が私の姿を見て、嘲笑する姿が見えないだけでも良かった。これも、神仏の加護だと思うことにしようよ。」
見えない目を向け悲しげに語った大納言は失職し、今や都の邸宅も度重なる渡航費用に消えてしまっていた。
兄のような求婚者たちの切ない想いを踏みにじり、とうとう帝にまで懸想されるとは…腹立ちまぎれに狼藉に及んだ弟だった。
話を聞くうち、いつしかかわいさ余って憎さ百倍になってしまったことなのか。
「おのれは、狐狸の類であろう。人ならば、このように座っているだけで明かりも灯さずに、部屋中に光が満ちるわけなどない!」
輝夜の細首に手をかけた大納言の弟が、ぐっと気道に当てた指に力を込めた。
抗うでもなく、苦しげな顔を向けたまま輝夜はじっと、弟を見ていた。
「お前は何故、そのように湖面のように静かなのだ。泣いて詫びるなり、喚くなりしたらどうだ。」
「都中の男を手玉に取る、魔物らしく。」
翁にめられる寸前に襲われて、輝夜は薄物一枚を肩にかけただけのしどけない格好で、大納言の弟の下にいた。
白木蓮の花のように夕べに浮かび、紅花でほんのりと刷いた唇が、桃花の花弁となってふる・・・と震えた。
「わたしのために、盲いた大納言様のことは一生忘れませぬ。そのままのお姿でここに来てくださったなら、わたしは迷うことなくその腕を取りました。」
「嘘だ・・・っ!」
弟は、輝夜のじっと見据えた視線に、血が沸騰するのを覚えていた。
真白い裸身を晒した輝夜から立ち上る芳香に、ぐらりと眩暈がする。
「わたしはただ、誠が欲しかったのです。いつか儚くなる身の上だから、ありったけの真実をくださる方が欲しかった…約定通りわたしの元にいらっしゃらなかった、ご立派なあなたの兄上様が此処にきて手を取ってくださったなら、わたしは迷うことなくお傍に参りました。」
「世迷言じゃ!命が惜しいばかりに、そのようなことを言うのだ!」
大納言の弟は、輝夜の織った薄物を取り上げ床に転がした。
白い裸身を隠しているのは、今や輝夜の長いぬばたまの髪だけになった。
**********************
新しいお話はBL的昔話です。
誰もが知っている日本最古のSF「かぐや姫」です。
しばらくの間、お付き合いください。(*⌒▽⌒*)♪
がんばればあと一話、根性が尽きたら、あと二話で終わる予定です。←がんばる~(`・ω・´)
ランキングに参加していますので、ひと手間おかけしますが、どうぞよろしくお願いします。此花
- 関連記事
- BL童話 >
- 輝夜秘(かぐやひめ)
- 4
- 0