輝夜秘(かぐやひめ)・3
それぞれに無理難題を振っかけては、思いつめた彼らがまがい物を持参するのを、翁は待った。
翁には、彼らが誠実だろうと不実だろうと、貢いで来る宝物が全てだった。
翁の懐には、ずっしりと輝夜の一夜の代金が納められ、代わりに輝夜は重ねた衣の袖を抜く。
絹の海に横たわる輝夜の滑らかな胸に、いくつもの鮮やかな吸痕を散らして、貴公子たちは感じ易くうねる肌に溺れた。
「あぁ…輝夜。どうか、わたしとずっと共に居ると言ってくれ。」
甘い口を吸うと、銀色の梯子が胸にしたたり落ちた。
輝夜は右大臣の時と同じように、石作皇子には「仏の御石の鉢」、車持皇子には「蓬莱の玉の枝」が欲しいと閨でねだった。
二人に交互にわが身を与えながら、同時に入ってくる怒張に細い腰がおびえて揺れた。
ぎちぎちと音がするほど薄く延ばされて、後孔は泣きながらも懸命に刀身を呑みこんでゆく。
前からは石作皇子、後ろからは車持皇子。
「はっ・・・はっ・・・これは・・・」
「輝夜…なんという身体だ、引き込まれるようだ・・・」
「ぃや・・・ああぁーーーーっ・・・」
短い息を継ぎながら、輝夜はついに気を遣り、絹を裂くような高い悲鳴を上げた。
奥の部屋の壁に、灯火が映し出す長い影が上下に揺れて、やがて倒れ込み一つに溶けてゆく。
翁の囁く言葉を告げなければ、後で酷い折檻が待っていた。
はぁ、はぁと大きな息を吐いて、輝夜はやっと息を整えた。
「だ・・・誰も、わたしの欲しい物を・・・くださらぬのです・・・。」
上ずった声で輝夜はねだった。。
「右大臣殿などは、わたしをたばかって・・・あのようなことに・・・あぁーーーっ・・・。」
涙を流し、ひくひくと身悶えする薄幸の輝夜に、貴公子たちは我こそは必ず!…と出来ぬ約束をし、御簾の向こうでは、翁が耳をそばだて様子を伺っていた。
輝夜の吸い付く肌と媚肉に、似合いの宝玉を競って贈った皇子たちは、ある日ついに揃って輝夜の強請った宝物を持参した。
石作皇子が届けた決して割れないという古い鉢を、輝夜は喜色を浮かべ胸に抱いた。
「嬉しいこと・・・。石作皇子さま。これが「仏の御石の鉢」なのですね。わたしのために、お骨折りくださったのですね・・・ああ、うれしい・・・。」
石作皇子が持ってきたものは遠く天竺の品物などではなく、古い寺から見つけ出した手水鉢と輝夜は知っていたがあえて喜んで見せた。
そしてわざとよろけたふりをして、庭先の履物置きの石に叩きつけると、割れぬはずの鉢は跡形もなく割れてしまったのだ。
木端微塵の鉢の欠片を憮然と見つめる皇子に、輝夜は泣きぬれた頬を向けた。
「鉢が・・・割れぬはずの「仏の御石の鉢」が・・・割れてしまいました。」
「・・・あなたさまも、・・・やはり、わたしをたばかったのか・・・今度こそと信じ、心よりお慕い申し上げていたのに・・・。睦みあうためだけの方便であった・・・。」
散々に泣きぬれた輝夜から、嘘を吐いたと責められて、弁解の言葉なく石作皇子は去った。
これ以上の恥の上塗りは、さすがにできなかった。
輝夜を諦め、皇子はやがて都からも姿を消した。
車持皇子は、石作皇子が去ったのを横目に、わたしの捧げものは本物だと輝夜の腕を取り、「蓬莱の玉の枝」を捧げた。
輝夜は今度ばかりはと喜んで、皇子の胸にすっぽりと埋めた花の顔を綻ばせた。
車持皇子は、いよいよ都で一番の美しい輝夜を妻に出来るとたいそう喜んで、新しい住居や贈りものの準備に余念がなかったが、土壇場で小物の裏切りに足元をすくわれた。
いったいどこで手に入れたのかと、輝夜が顔を寄せて聞くと、小物はあっさりと口を割ってしまったのだ。
「のう・・・、教えてくだされ。何も宝が欲しいわけではない。わたしは、誠を寄せてくれる方と添いたいだけなのです。皇子の誠は本当でしょうか。」
両手を胸に抱き寄せて聞かれた小物は、熟れた木守りの柿のようになって、ついにぽろりと打ち明けた。
「あれは、三輪山に棲む飾り職人に作らせたものです。」
「車持皇子は船酔いをするたちなので、とても遠方へは出かけられませぬ。」・・・と。
車持皇子の「蓬莱の玉の枝」を、庭先に放り投げ、此度も輝夜は泣き崩れた。
「ひどい方。蓬莱山に行かれたと、お聞きしていたのに。」
「蓬莱の山から持ち帰ったという玉の枝も、すべて口から出まかせの作り物だったのですね。」
嘆く輝夜に、必死の皇子は最後まで縋った。
「輝夜!それでも、あれは国中を歩き回って探し求めた品物ぞ!そなたのために、走り回って手に入れたものなのだ!宝は本物ではないかもしれないが、わたしのそなたに向ける気持ちは、天地神明に誓ってただ一つのものだ。」
「とんだ茶番じゃ・・・。嘘を信じたわが身が忌々しい・・・っ。もう、信じぬ、あなたの顔など見とうはない・・・っ!」
輝夜は手に持った扇の要を、車持皇子の額にぴしりと叩きつけると、それまで皇子に与えていた甘い半身を引いた。
皇子の額に小さな傷がつき、細い血の筋が走った。
胸に風が吹いた思いで、取りすがろうとした皇子は右大臣と同じように屋敷の者に寝所の表に放り出されてしまう。
「輝夜――っ、わたしの持ち物すべてを捧げる。どうか、どうか・・・!捨てないでくれぇ!」
御簾の向こうから、白く華奢な身体の輪郭だけを見せつけて、輝夜はつれなかった。
高貴な人たちはこうして輝夜に切ない想いを寄せ、恋慕い身もだえしたが、うわさにしか聞いたことの無い宝物を届けることはできず、誰も輝夜の身体以外を手に入れることはなかったのだ。
冷えた心を抱きしめて、輝夜は銀色の月を見上げて静かに泣いた。
翁の元に、諦めきれない求婚者たちからの贈り物が、家に入りきれないほど届けられた。
詫び状を門前で読み上げる小者たちも、一人や二人ではなかった。
哀しげに積み上げられた高価な品々を見やり、輝夜は翁に頭を下げた。
「お義父さま。もう・・・これっきりで、おしまいにさせてくださいませ。輝夜は求婚に訪れる皆さまがお気の毒でなりませぬ。」
「もともと、文献でしか知らない宝物を、手に入れるなど帝でも叶いませぬ。輝夜はいっそ、貧しくとも本心からわたしを求めてくださる方に添いとうございます。」
綾錦を一疋,、二疋・・・と数えていた翁が、顔を上げ口の端を歪めて下卑た笑顔を向けた。
「何を馬鹿なことを。雅な公達がこれほど夢中になるそなたなら、この上はその身、帝に献上してもおかしくはないだろう。何を好きこのんで貧乏公家などに、お前をくれてやるものか。」
「なんのために、これまでそなたを仕込んで来たと思うのだ。そんなことよりも・・・さあ、わしに仕えてみよ。これまでに仕込んで来た手練手管を、使うてな・・・。」
手を引いて、奥の部屋へと誘われると、輝夜の顔が強張った。
怖じて進まぬ足が、裳裾を踏んでその場に倒れ込むと、翁が背後から裾を割った。
「い・・・やっ・・・父さまっ、これでは、まるで獣のまぐわいのよう・・・輝夜は・・・いや・・・」
「いやです・・・」
・・・弱々しく抗う声はやがて小さくなり、輝夜は遠くで心の声を聞いていた。
「もう少し、なのですね?」
「何を言う?輝夜・・・夜は長いぞ。」
輝夜の漏らした声に、翁が的外れな返事をし背中を強張らせた。
崩れ落ちる翁の身体の下敷きになりながら、輝夜は闇に向かって悟ったような艶やかな微笑みを向けた。
「やっと・・・終わりです・・父さま・・・。」
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新しいお話はBL的昔話です。
誰もが知っている日本最古のSF「かぐや姫」です。
しばらくの間、お付き合いください。(*⌒▽⌒*)♪
ランキングに参加していますので、ひと手間おかけしますが、どうぞよろしくお願いします。此花
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