輝夜秘(かぐやひめ)・5 【最終話】
翁にとって輝夜は、たまたま拾った赤子に過ぎない。
運よく恵まれた美貌で、延々と金を生み出す打ち出の小槌となり、帝に捧げる貢物になるはずだった。
翁は栄耀栄華を夢見て、ここまで手をかけて来たのだ。
そう思いながらも輝夜に危険が及んだ時、思わず手を差し伸べた翁だった。
「ええい!輝夜を離さぬか、間もなく帝がお越しになろうというのに・・・」
「心尽くしが、台無しじゃ!」
衛士が乱入したせいで、取り取りの花々を活けた花瓶も転がり、新しい御簾も抜けてさざらになった。
剥かれた輝夜は、大納言の弟に濡れた顔を向け悲しげな声をあげた。
「あ・・・あの方が、わたしをこうしろとおっしゃったのですか?」
「あのお心の清らかな方が、こんなことをお許しになるはずは・・・あっ!」
ぱんと打たれた輝夜の裸身がぱたりと倒れ、表では騒動の渦中に帝が到着したようだった。
平伏し、かしこまる物々しい兵士の波を分けて、帝が入室した。
軽く手を上げると、皆退出し、そこにいるのは大納言の弟だけになった。
帝の姿を見ても恐れず、直も輝夜を引き起こし、打とうとするのを遮った。
「わたしの衛士が、このようなか弱き者に、無体を仕掛けようとは。」
「み・・・帝・・・、この者に騙されてはなりません。こやつは、魔性か、妖(あやかし)です。兄上はこやつのせいで、盲人になってしまったのです。」
帝は、輝夜の一糸まとわぬしどけない姿に息をのみ、ほんのしばらく見守っていたが、やがて傍にある薄物をかけてやると軽々と抱き上げ、寝所は・・・?と、問うた。
気づいた輝夜は、はらはらと涙を零し両手を胸の前で掻き合わせた。
儚く頼りない風情に、帝は一目で魅入られたようだった。
「輝夜。」
「・・・は・・・い・・・。」
輝夜の耳元で、いつも聞える胸の声がささやいた。
帝の声に驚いた輝夜は、あなたさまだったのですか・・・と、けぶる瞳をあげた。
幼いころよりの辛い翁の凌辱の果てに、宥めるようにあやすように、迎えに行くから辛抱せよという声を聞いた。
ここにきて、やっと輝夜は自分が何者で、どこからきてどこに帰ってゆくのか知ったのだ。
帝に抱き上げられた途端、流れ込む宿命にすべてを悟り、見上げた双眸から安堵の涙が滂沱と流れ落ちた。
「やっと、お会いできました。」
「輝夜はあなたさまと契るために、高天原からはるばる地上に降されたのです。」
「神々の末裔の帝と、国譲りの約定をもう一度結ぶために・・・」
「そうか。だから朕はそなたの元へと使わされたのだな。」
今や月から差し込む青白い神秘の光に照らされて、輝夜は小さくうなずくと、神々しいばかりの姿になりその身体に帝を迎え入れようとしていた。
衣を脱ぎ落すように、輝夜は人の姿を脱ぎ捨てた。
背中に生えた薄い羽根の五色の煌めきに目を奪われながら、帝はごくりと喉を鳴らした。
「なんという…天上の者とはこのような姿であったか・・・。」
筋骨隆々とした帝の肉体が、輝夜の前に晒されそっと高貴な天上人を抱きすくめた。
波に浚われるように、際限なく寄せては返す快楽の海に、帝は溺れ神々との契約を重ねた。
深く体を沈めると、天上人の輝夜の肌から甘い花の香りが芳しく立ち上る。
天上の池のほとりに咲く、神仙花の白い花びらが何処からともなく降り注ぎ、輝夜が息を吐くたび周囲に舞い散った。
このような身体の持ち主は、真実、神の変化に違いないと、何十人もの美姫を侍らせる帝は唸り、一方輝夜は帝を迎え、肌を這う愛撫に身悶えた。
穿った潤みは、緩やかにまとわりついてぜん動を繰り返し、帝はどこまでも追いつめられてゆく。
神々と人との、古(いにしえ)の天孫降臨の約束。
太古に出雲で行われた国譲りの契約の証しが、再びここに成った。
暗い寝所から細く漏れる灯りを辿って、翁と大納言の身内が膝でにじり寄り、そっと覗くと、そこにいるのは天神(あまつかみ)の化身が姿を目映い巨大な光の塊へと変え、高天原から国土に降臨した神の末裔と契っている最中だった。
覗かれていると知り、瞬時に姿を光から実体に変化させた輝夜は今や、人であって人でない。
眩いばかりの光の粒子がゆらゆらと帯状になり、人型の形になろうとして揺れる。
元々、神々は実体を持たない霊的な存在なのだ。
輝夜の背中の瘤は裂け、中からは天上に帰参するための金色の薄い翅(はね)が現われ燐粉が輝いていた。
「な・・・んと・・・。わしの拾った輝夜は天神(あまつかみ)であったのか・・・。」
腰を抜かした翁が、手を揉み合わせて仕出かした不敬に慄いている。
拾った赤子を金づるに仕立てるため、散々に凌辱し、あまつさえ吐精して美しい顔(かんばせ)すら白く汚した。
蒼白の顔を床に擦り付けて、翁はわが身を呪った。
「命ばかりは、お・・・お助けください!」
顔だけは翁の良く知る「輝夜」にかわると、孝行な子供はひざまづき声を掛けた。
「輝夜は天界にいる時に、罪を犯しました。そのために地上へ落されたのです。」
「天界に選ばれた父さまのおかげで、地上での罰を受け終わり、こうして許されて天界へ帰ることができます。ありがとう、父さま。」
どれほど汚されても、その姿は神々しい光に満ちて清らかだった輝夜は、人の世で父と呼んだ翁に贈り物をした。
「もう子供でいることは叶いませぬが、これは神仙丹という神々の妙薬です。健康な者が飮めば不老不死になり、治らぬ病人も元気になる薬です。父さまの子供であった証しに・・・。」
「そして、ひと粒はただ一人、わたしに誠を教えてくださった大納言様に差し上げたいのです。お目が良くなりますように。」
翁はおいおいと泣き崩れ、輝夜の足元にひれ伏すと別れを嘆いた。
ただ一度の、天界の使者との睦みを終え、帝は輝夜に人の世での望みはないかと問うていた。
「もし、大納言様のお身体が良くなりましたら、元の役職につけて差し上げてください。輝夜は、人の世で初めて信じるに足る方と出会いました。残されたこの身は、おそらく大切なものが何か知っているでしょう。」
それだけを言うと、輝夜の身体は再び大きな光の珠に包まれてゆき、やがてあたりにいる者は目も開けられなくなった。
どんどん大きく白く発光した光は、中空に浮き上がり屋敷の上でほんのしばらく留まって、天上人の姿を現すとそのまま一気に夜空を走る火の玉となった。
「輝夜――――っ!!」
翁が消え去った光の玉を追いかけて、こけつまろびつ大通りへと走り出ようとした。
「竹取の翁よ!」
帝に呼ばれ、振り向いた翁の目に今は、憑代の役目を終えた美童が気を失って伏していた。
姿かたちは「輝夜」のままであったが、それは確かに少年だった。
薄く目を開けると、輝夜は父を呼んだ。
「・・・と・・・うさま・・・・」
「輝夜!輝夜よ!・・・」
輝夜は長い夢を、見ていたという。
翁もまた、長い夢が明けたような心持であった。
憑き物が落ちたような晴れ晴れとした顔で、輝夜を見つめる目にはいつしか慈愛がこもっていた。
「天照大明神(アマテラス)の大切な鏡を傷つけてご不興を買った天界の輝夜は、お勤めの後やっと許されて天上に昇ったのです。」
「夢の中で天照大明神が、父さまに孝養を尽くし天命を終えるまでそちらにいらっしゃいと、おっしゃいました。」
翁は皺の浮いた顔に涙を零し、感極まっていた。
「これよりは、男子の着物に着替えて、輝夜も竹取の翁のお手伝いをいたします。」
「そうか・・・そうか・・・。」
三国一の美姫「なよ竹の輝夜秘」は、光の神輿に乗り月の世界に帰って行ったと、都中で噂になった。
当時、屋敷に踏み込んだ衛士たちが、光に目がくらんでいたにも関わらず、天上人の姿を微に入り細に入りあちこちで語った。
輝夜の残した不老不死の薬は、結局、翁は帝に献上し、人の世に有ってはならない物として、帝は天上にいちばん近い山の頂で薬を焼いた。
不死の薬を焼いた山として、のちにその山は「不死の山」「富士の山」と呼ばれるようになる。
「輝夜!」
凛々しい衣冠束帯の美々しい公達が、額に汗し竹を束ねる輝夜に声を掛けた。
「あっ!大納言様!」
小犬がまとわりつくように、嬉しげな声を上げると輝夜は走り寄ってきた。
「もう、お身体の方はよろしいのですか?」
「月に帰った輝夜に頂いた神仙丹が、とてもよく聞いてこの通り眼も開いた。皆、輝夜のおかげじゃ。」
「どちらも、輝夜なのですからややこしいです。」
困ったように、少年輝夜が公達の顔を覗き込んだ。
「だが、もうわたしは間違えないよ。輝夜、最初に盲いた眼が開いたとき、わたしの目に映ったものはそなただった。」
「目が見えない間に、詩歌管弦よりも宝物よりも大切な者があると知ったのだ。」
「月に帰った輝夜には、大納言様のお寄せになった誠が本物だと分かった居たのです。ですから、わたしにお傍に参るようにと言い残したと帝からお言葉をいただきました。」
大納言は職に復帰し再び、宮殿に勤めていた。
勇猛な弟も、罪とがを問われることなく衛士として貴人の警護に勤めていた。
ごく、まれに東の空に錦の彩雲がかかる。
輝夜は、大切な思い人の膝の上で空を見上げ、誰かを懷かしむ目をした。
あたらしい御伽草子を書いたから話してやろうと大納言は言いながら、悪戯な指を合わせから差し入れ輝夜をなぶった。
「あ・・っん・・・」
ぱさり…と、薄い本が膝から滑り落ち、夏草に落ちた。
御伽草子の表紙には「輝夜祕」(かがやくよるのひめごと)と書いてある。
昔々。
「竹取の翁(おきな)は、月光に導かれるようにして竹藪に分け入り、その子を拾った。
・・・・」
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このお話はBL的昔話です。
誰もが知っている日本最古のSF「かぐや姫」がベースだったのですが、途中でかぐや姫がどこかにぶっ飛んでゆきました。(*⌒▽⌒*)♪←いいのか、此花。
がんばればあと一話と昨夜書いたのですが、ずいぶん長くなりほぼ4000字です。
すごく、がんばった~・・・(`・ω・´)
ランキングに参加していますので、ひと手間おかけしますが、どうぞよろしくお願いします。此花
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