一片(ひとひら)の雪が舞う夏に 18
それは偶然の出来事だったようだ。
稲荷山に住むお使い狐は、神仙女王に聞かれて荒れた里の様子を見に降りてきたらしい。
神さまが心配するほど、野山は荒れ果て、豊かな田畑は見る影もなかった。
じっと自分を見つめる子供の視線に、人の目には映らないはずのお使い狐は気付いた。
「あれ?おまえ、何やってんだ。さっさと成仏しちまわないと、悪霊になっちまうぞ。」
「いい…。わたしは、ずっと源七郎さまのお傍にいるんだ。」
手を曳いたが、すでに下肢は土地に呑まれかかっていて、狐は神仙女王の元に駆け参じた。
「神仙さまーっ!穢土(えど)に留まって、西方浄土へ行こうともせず地縛霊になりそうな子供がいます。もう足が根になってて動きません。」
「そうか。助けに参ろうかの。」
*****
神仙女王は自ら、雪男の側によるとそっと手を触れた。おそらくそれは、おれが見たような映像となって流れてゆき、精霊は全てを悟ったのだろう。
「そちは、置いていかれたのか。」
既に人ではなくなっていた雪男は、相手を高位霊と知り、その場に行儀よく手を付き「お初に御意を得ます。」と、挨拶をした。たぶん、お初にお目にかかりますってことだ。
健気な良い子が…と、神仙女王はすっかり同情していた。
「哀れな子供は、皆すくい上げて早く来世に生まれ変われるようにしてきたが…。言うてみよ。そなたは、何が望みだ?」
魂だけになった雪男は、たった一つなりたいものがございますと、優しい美貌の女神を見上げた。
見交わしてふっと微笑んだ女神の裳裾に、ぱたぱたと雪男の涙が転がってゆく。
「ゆ、雪に…雪になりとうございます。一片の雪となって、哀れな躯(むくろ)を覆い隠し、穢れの無い純白の世界に住みとうございます。」
「人に生まれ変わり、再び年兄と巡り合う日を待たぬのか?」
「…源七郎さまは、とうの昔にいなくなりました。今更、巡り合ってもわたしをお分かりにはなりますまい。この残された源七郎さまとわたしの野ざらしの屍(かばね)を、全て覆い隠す雪に変えてください。死して後も、長く辱めを受けているのです。どうか、どうか…。哀れにお思い下さい。」
「人ではなくなる。それでよいのだな?」
「はい。寄る辺ない露の身になりましても、決して後悔は致しませぬ。」
「では、この神仙の眷属にしてやろう。」
神仙女王がふっと息を吹きかけると、瞬く間にちびの桃太郎はおれの良く知る雪男へと変わった。
雪男が同じように、ふっと息を吐くと息は細かな氷の粒となり、悲しい躯の上に深々(しんしん)と降り注いだ。
お使い狐の持つ鏡に映った自分の姿を、じっとのぞき込んだ雪男は、精霊の女神に向かって深く頭を下げた。
これが雪男が、雪男…?になった顚末だった。
言うだけ言って、力尽きて来たのだろう。雪男はゆらゆらと輪郭が滲み始めているような気がする。
「消える前に、本当の名前を教えてくれ、雪男。人間で居た時の名前を知りたい。」
「我の名は…た…ちばな。橘り…つか。六の花と書く」
「六花…雪の結晶のことだ。雪の精だったんだな。」
「なぜ…そんなことを?」
「おれの家の家紋は、雪輪と笹が入ってるんだ。だから、子供のころに爺さまか婆さまに聞いたことがある。雪男だなんて言って悪かったよ。雪の精だったんだな。」
「呼び名など、意味を持たぬ。雪男でも、桃太郎でも構わぬ。」
滲むように雪男…六花は微笑んだ。
まさに、清らかに儚い六片の華だと思った。
「別れの時が来た。少々、無理をした。我はこの世に未練はないと思って居たが、そこもとに逢えて人の情を思い出した。源七郎さま…がもし、生まれ変わっていたらきっと…そなたのように優しい…手…で…我を愛しんで(いつくしんで)くれただろう。」
がくりと崩れ落ちたのを受け止めた。そっと抱きしめるしかできなかった。
豊かな髪をかき分けて、そっと小さな顔をこちらに向けさせた。
「最期じゃないよな、六花…なあ、いつ会える?待ってるから。ずっと待ってるから、雪の季節になったら降りて来い。な?」
かすかに肯いたような気がする。
「西の山に峰雪が…積もったら…。」
雪男の輪郭のまま、透き通った水の像になると、六花は揺らめいてぱしゃと温い水になった。一瞬、おれに笑いかけた気がする。
別れは分かり切っていたが、俺は濡れた両手で口元を覆った。
ちゃんと愛してやれば良かった。源七郎と呼べと言っておきながら、何もしてやれなかった。
たった一人、いかせてしまった…。
(ノ_・。) 此花:「と…溶けてしまいました。」
ヾ(。`Д´。)ノ柳:「現代もののハピエンじゃなかったのかよ~~!!」
(*゚ロ゚)ハッ!! 此花:「あ・・・っ。」
( *`ω´) 柳:「て、てめぇっ…時代ものだわ、悲しい感じだわ…」
( ゚д゚ ) ジーッ 雪男:「あの~、我の出番はもう終わりですか?」
(*⌒▽⌒*)♪此花:「ちっさいことは、気にするな!」
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稲荷山に住むお使い狐は、神仙女王に聞かれて荒れた里の様子を見に降りてきたらしい。
神さまが心配するほど、野山は荒れ果て、豊かな田畑は見る影もなかった。
じっと自分を見つめる子供の視線に、人の目には映らないはずのお使い狐は気付いた。
「あれ?おまえ、何やってんだ。さっさと成仏しちまわないと、悪霊になっちまうぞ。」
「いい…。わたしは、ずっと源七郎さまのお傍にいるんだ。」
手を曳いたが、すでに下肢は土地に呑まれかかっていて、狐は神仙女王の元に駆け参じた。
「神仙さまーっ!穢土(えど)に留まって、西方浄土へ行こうともせず地縛霊になりそうな子供がいます。もう足が根になってて動きません。」
「そうか。助けに参ろうかの。」
*****
神仙女王は自ら、雪男の側によるとそっと手を触れた。おそらくそれは、おれが見たような映像となって流れてゆき、精霊は全てを悟ったのだろう。
「そちは、置いていかれたのか。」
既に人ではなくなっていた雪男は、相手を高位霊と知り、その場に行儀よく手を付き「お初に御意を得ます。」と、挨拶をした。たぶん、お初にお目にかかりますってことだ。
健気な良い子が…と、神仙女王はすっかり同情していた。
「哀れな子供は、皆すくい上げて早く来世に生まれ変われるようにしてきたが…。言うてみよ。そなたは、何が望みだ?」
魂だけになった雪男は、たった一つなりたいものがございますと、優しい美貌の女神を見上げた。
見交わしてふっと微笑んだ女神の裳裾に、ぱたぱたと雪男の涙が転がってゆく。
「ゆ、雪に…雪になりとうございます。一片の雪となって、哀れな躯(むくろ)を覆い隠し、穢れの無い純白の世界に住みとうございます。」
「人に生まれ変わり、再び年兄と巡り合う日を待たぬのか?」
「…源七郎さまは、とうの昔にいなくなりました。今更、巡り合ってもわたしをお分かりにはなりますまい。この残された源七郎さまとわたしの野ざらしの屍(かばね)を、全て覆い隠す雪に変えてください。死して後も、長く辱めを受けているのです。どうか、どうか…。哀れにお思い下さい。」
「人ではなくなる。それでよいのだな?」
「はい。寄る辺ない露の身になりましても、決して後悔は致しませぬ。」
「では、この神仙の眷属にしてやろう。」
神仙女王がふっと息を吹きかけると、瞬く間にちびの桃太郎はおれの良く知る雪男へと変わった。
雪男が同じように、ふっと息を吐くと息は細かな氷の粒となり、悲しい躯の上に深々(しんしん)と降り注いだ。
お使い狐の持つ鏡に映った自分の姿を、じっとのぞき込んだ雪男は、精霊の女神に向かって深く頭を下げた。
これが雪男が、雪男…?になった顚末だった。
言うだけ言って、力尽きて来たのだろう。雪男はゆらゆらと輪郭が滲み始めているような気がする。
「消える前に、本当の名前を教えてくれ、雪男。人間で居た時の名前を知りたい。」
「我の名は…た…ちばな。橘り…つか。六の花と書く」
「六花…雪の結晶のことだ。雪の精だったんだな。」
「なぜ…そんなことを?」
「おれの家の家紋は、雪輪と笹が入ってるんだ。だから、子供のころに爺さまか婆さまに聞いたことがある。雪男だなんて言って悪かったよ。雪の精だったんだな。」
「呼び名など、意味を持たぬ。雪男でも、桃太郎でも構わぬ。」
滲むように雪男…六花は微笑んだ。
まさに、清らかに儚い六片の華だと思った。
「別れの時が来た。少々、無理をした。我はこの世に未練はないと思って居たが、そこもとに逢えて人の情を思い出した。源七郎さま…がもし、生まれ変わっていたらきっと…そなたのように優しい…手…で…我を愛しんで(いつくしんで)くれただろう。」
がくりと崩れ落ちたのを受け止めた。そっと抱きしめるしかできなかった。
豊かな髪をかき分けて、そっと小さな顔をこちらに向けさせた。
「最期じゃないよな、六花…なあ、いつ会える?待ってるから。ずっと待ってるから、雪の季節になったら降りて来い。な?」
かすかに肯いたような気がする。
「西の山に峰雪が…積もったら…。」
雪男の輪郭のまま、透き通った水の像になると、六花は揺らめいてぱしゃと温い水になった。一瞬、おれに笑いかけた気がする。
別れは分かり切っていたが、俺は濡れた両手で口元を覆った。
ちゃんと愛してやれば良かった。源七郎と呼べと言っておきながら、何もしてやれなかった。
たった一人、いかせてしまった…。
(ノ_・。) 此花:「と…溶けてしまいました。」
ヾ(。`Д´。)ノ柳:「現代もののハピエンじゃなかったのかよ~~!!」
(*゚ロ゚)ハッ!! 此花:「あ・・・っ。」
( *`ω´) 柳:「て、てめぇっ…時代ものだわ、悲しい感じだわ…」
( ゚д゚ ) ジーッ 雪男:「あの~、我の出番はもう終わりですか?」
(*⌒▽⌒*)♪此花:「ちっさいことは、気にするな!」
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