一片(ひとひら)の雪が舞う夏に 13
時間に追われたおれは、雪男から離れシャワーを浴びた。
三崎との約束があるから、どうしても出社しなくてはならなかった。
だけど、雪男は今にも消えそうなほど儚くなっている。帰宅したら、もう消えてしまって、二度と何の話もできないのではないかと思うほど透明感が増している。
家を出るのに、今朝ばかりは、気が重かった。
こういう気持ちをきっと、後ろ髪を引かれるというのだろう。
「まだしばらくは、…この形が持つと思うから。昨夜の子供が待っているのであろう?早くいってやると良い。」
「(子供って三崎のことか?ぷっ…)いいか?雪男。絶対に消えるなよ。まだ、話は終わっていないんだ。まだ聞きたいことがあるんだからな。」
「…承知した。」
雪男はこくりと頷いたけど、内心約束は反古になるような気がしていた。
それでも、何が有っても会社に行って話をしようと思った。ちびの雪男だって、懸命に逃げずに闘ったのだ。いい大人のおれが、ケツをまくって逃亡するのはもうできなかった。
敵前逃亡せずに、話を付ける。
*******
「先輩!」
三崎は社の前で、ぶんぶん手を振りながら待っていた。
「おはよう。三崎。」
「おはようございます!良かった、先輩が来てくれなかったら、迎えに行こうかと思ってました。」
「三崎…。小学生の集団登校じゃないんだから、それはやめよう。」
「うふふ~。」
あほか~と、言いたかったが見つめる真剣な目に、言葉を飲み込んだ。視線の先に、件(くだん)の奴がいた。エレベーターホールでよりによって、こいつに遭うなんて。しかも、このまま一緒に乗るんだろうなぁ…。
「おはようございます。(ほかになんて言えばいいのか、適当な言葉が有ったら教えてください。)あの…ですね。お話しするお時間をいただきたくて参りました。」
誘われるまま、会議室のドアを開ける。
「すまなかった。」
白髪交じりの七三分けが振り向きざま、唐突に頭を下げた。驚くおれを尻目に、饒舌に謝罪を口にする。
「いや。あのですね…こちらの方がが詫びなきゃいけない話です。こちらこそ、暴力をふるって申し訳なかったです。感情のまま激高して逃げ帰るなんて子供みたいです。きちんと話し合いをすればよかった。こちらこそ、本当に申し訳ありませんでした。」
上司は頭を掻いた。
「同期がどんどん出世していくのでね。…つい、姑息な考えをしてしまった。君らの手柄を横取りしても、わたしが関わっていないことは、相手先を見れば一目でわかるってのに、どうかしてた。すまなかったね。」
「いえ。こちらこそ自分の気持ちばかりでした。和解できてよかったです。今日はお話が出来たら人事に挨拶に行って荷物整理を済ませて帰る予定でした。こちらこそ、お時間いただいてありがとうございました。」
心は武士だ。おれ。
相手が素直に折れてくれて、何だかすっきりしてしまった。
「これを返しておくよ。」
相手は、テーブルの上におれの叩きつけた辞表を置いた。投げつけた時のまま、握り締めた跡がついている。
「できれば明日から仕事に戻ってくれ。午前中に会いたいそうだから、三崎と一緒に先方へ行ってくれないか?乗りかかった船だろう、うまくいったら食事位おごるよ。」
おれは、もう笑ってしまった。
「それ、まんま昨日のセリフじゃないっすか…。」
上司は困ったような顔で、片眉をあげた。
(´・ω・`) 何か、やめなくても良いみたいじゃん・・・?なんでだろ~。
拍手もポチもありがとうございます。
感想、コメントもお待ちしております。
ランキングに参加していますので、よろしくお願いします。 此花咲耶
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だけど、雪男は今にも消えそうなほど儚くなっている。帰宅したら、もう消えてしまって、二度と何の話もできないのではないかと思うほど透明感が増している。
家を出るのに、今朝ばかりは、気が重かった。
こういう気持ちをきっと、後ろ髪を引かれるというのだろう。
「まだしばらくは、…この形が持つと思うから。昨夜の子供が待っているのであろう?早くいってやると良い。」
「(子供って三崎のことか?ぷっ…)いいか?雪男。絶対に消えるなよ。まだ、話は終わっていないんだ。まだ聞きたいことがあるんだからな。」
「…承知した。」
雪男はこくりと頷いたけど、内心約束は反古になるような気がしていた。
それでも、何が有っても会社に行って話をしようと思った。ちびの雪男だって、懸命に逃げずに闘ったのだ。いい大人のおれが、ケツをまくって逃亡するのはもうできなかった。
敵前逃亡せずに、話を付ける。
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「先輩!」
三崎は社の前で、ぶんぶん手を振りながら待っていた。
「おはよう。三崎。」
「おはようございます!良かった、先輩が来てくれなかったら、迎えに行こうかと思ってました。」
「三崎…。小学生の集団登校じゃないんだから、それはやめよう。」
「うふふ~。」
あほか~と、言いたかったが見つめる真剣な目に、言葉を飲み込んだ。視線の先に、件(くだん)の奴がいた。エレベーターホールでよりによって、こいつに遭うなんて。しかも、このまま一緒に乗るんだろうなぁ…。
「おはようございます。(ほかになんて言えばいいのか、適当な言葉が有ったら教えてください。)あの…ですね。お話しするお時間をいただきたくて参りました。」
誘われるまま、会議室のドアを開ける。
「すまなかった。」
白髪交じりの七三分けが振り向きざま、唐突に頭を下げた。驚くおれを尻目に、饒舌に謝罪を口にする。
「いや。あのですね…こちらの方がが詫びなきゃいけない話です。こちらこそ、暴力をふるって申し訳なかったです。感情のまま激高して逃げ帰るなんて子供みたいです。きちんと話し合いをすればよかった。こちらこそ、本当に申し訳ありませんでした。」
上司は頭を掻いた。
「同期がどんどん出世していくのでね。…つい、姑息な考えをしてしまった。君らの手柄を横取りしても、わたしが関わっていないことは、相手先を見れば一目でわかるってのに、どうかしてた。すまなかったね。」
「いえ。こちらこそ自分の気持ちばかりでした。和解できてよかったです。今日はお話が出来たら人事に挨拶に行って荷物整理を済ませて帰る予定でした。こちらこそ、お時間いただいてありがとうございました。」
心は武士だ。おれ。
相手が素直に折れてくれて、何だかすっきりしてしまった。
「これを返しておくよ。」
相手は、テーブルの上におれの叩きつけた辞表を置いた。投げつけた時のまま、握り締めた跡がついている。
「できれば明日から仕事に戻ってくれ。午前中に会いたいそうだから、三崎と一緒に先方へ行ってくれないか?乗りかかった船だろう、うまくいったら食事位おごるよ。」
おれは、もう笑ってしまった。
「それ、まんま昨日のセリフじゃないっすか…。」
上司は困ったような顔で、片眉をあげた。
(´・ω・`) 何か、やめなくても良いみたいじゃん・・・?なんでだろ~。
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