一片(ひとひら)の雪が舞う夏に １４
何だ、この良く出来た大団円。
それでも内心、ほっとしたのは確かだった。
この世知辛い世の中、職を失わずに済んだのは正直ありがたかった。素直にそう思う。だけど、ほんの少し疑問は残る。
この親父はもっとせこくて、根に持つタイプだと思ってたんだが、この豹変ぶりはどうだ？…まあ、いいけど。
「うまくいったら一緒に祝杯をあげましょう。でも、このまま何もなかったことにしてしまってもいいんですか？社内で既に噂になってると思いますし、ぼくは処罰されるべきだと思います。上司を殴るなんて…そういうのって、縦社会では許されない事だと思います。言語道断の行いでした。」
「驚いたな、君。言語道断などと、今時珍しい言葉を使うね。」
一晩過ごしただけだけど、時代がかった雪男の影響だろうか。
脳内で、砂浜で殴り合いをした後、寝転がって夕日を見ながら仲良くなっている昔の不良を思い出した。…ばかみたいだ、おれ。
散々、熱くなって夕べはやけ酒にも酔えない位だったのに。おれはその場に正座し、上司に向かって深々と土下座した。
「申し訳ありませんでした。部下として、余りに無責任で失礼な行為だったと思います。以後、重々心します。」
感極まったような上司が、おれの手を取り涙ぐんでいた。
「ありがとう、柳くん。君を誤解していたよ。多少仕事ができるのを鼻にかけた、生意気な奴だと思って居た。」
「すみません、きっとそこはお互い様です。」
「副社長から、直々に電話をいただいてね。君ともう一度話をするように言われたんだよ。」
「副社長が…？昨夜のことまでご存じだったんですか？」
「ああ。どこで知ったか分からないが、君のことを知っておられたようだ。で、君は、副社長の名を覚えているかね？」
唐突にいくつかの名前が浮かんだ。確か、副社長は、専務と共に社長の一族じゃなかったか？
「…確か、唐木さんですか？確か、先代社長の甥に当たるとかいう話を、聞いたことが有ります。」
「ああ、君は、知らなかったかな。数年前に、奥さんの実家の方の名前をついだって、話だよ。大層な名家らしいから、名目だけでも跡取りが必要なんだろうね。社内では元々の唐木という名を使っているが、戸籍の苗字は三崎というらしい。」
「三崎…？すると、営業部の三崎は、副社長の息子ってことですか？」
「秘中の秘らしいね。」
「では、内密にします。」
「そうしてくれ。今日はもう直帰していいから、明日からは通常出勤で頼む。」と、言いおいて上司は席を外した。
入れ違いにひょっこりと顔を出した三崎は、どこか落ち着かない様子だった。
副社長の息子だと伏せていたのが、おれにばれてしまってどうしていかわからなくなっているのだろう。
「あの…先輩…。秘密にしていてごめんなさい。」
「言えなかったのか。」
「あの…先輩が、この会社の入社試験を受けたって聞いたとき、ぼくは何もしていません。先輩が受かった時に、パ…父に、ぼくも入りたいって言いましたけど、それでもうちではそういう私情は入れないから、きちんと入社試験を受けろと言われました。」
思い詰めた顔で、三崎は必死だった。
思わず、くしゃと髪を混ぜたら、顔を歪めてどんと胸にぶつかってきた。
「け…軽蔑しないでください。先輩の後を追って来たけど、ぼくはずるなんてしてません。」
「可愛いなぁ、三崎。ずっと、まっすぐだったよな。運動神経はなかったけど。」
ふと…一途な三崎が、懸命に雪の中隊長の後を追う、ちびの桃太郎に見えた。
(ノ_・。) …遅くなってしまいました。ごめんね。
拍手もポチもありがとうございます。
感想、コメントもお待ちしております。
ランキングに参加していますので、よろしくお願いします。 此花咲耶
それでも内心、ほっとしたのは確かだった。
この世知辛い世の中、職を失わずに済んだのは正直ありがたかった。素直にそう思う。だけど、ほんの少し疑問は残る。
この親父はもっとせこくて、根に持つタイプだと思ってたんだが、この豹変ぶりはどうだ？…まあ、いいけど。
「うまくいったら一緒に祝杯をあげましょう。でも、このまま何もなかったことにしてしまってもいいんですか？社内で既に噂になってると思いますし、ぼくは処罰されるべきだと思います。上司を殴るなんて…そういうのって、縦社会では許されない事だと思います。言語道断の行いでした。」
「驚いたな、君。言語道断などと、今時珍しい言葉を使うね。」
一晩過ごしただけだけど、時代がかった雪男の影響だろうか。
脳内で、砂浜で殴り合いをした後、寝転がって夕日を見ながら仲良くなっている昔の不良を思い出した。…ばかみたいだ、おれ。
散々、熱くなって夕べはやけ酒にも酔えない位だったのに。おれはその場に正座し、上司に向かって深々と土下座した。
「申し訳ありませんでした。部下として、余りに無責任で失礼な行為だったと思います。以後、重々心します。」
感極まったような上司が、おれの手を取り涙ぐんでいた。
「ありがとう、柳くん。君を誤解していたよ。多少仕事ができるのを鼻にかけた、生意気な奴だと思って居た。」
「すみません、きっとそこはお互い様です。」
「副社長から、直々に電話をいただいてね。君ともう一度話をするように言われたんだよ。」
「副社長が…？昨夜のことまでご存じだったんですか？」
「ああ。どこで知ったか分からないが、君のことを知っておられたようだ。で、君は、副社長の名を覚えているかね？」
唐突にいくつかの名前が浮かんだ。確か、副社長は、専務と共に社長の一族じゃなかったか？
「…確か、唐木さんですか？確か、先代社長の甥に当たるとかいう話を、聞いたことが有ります。」
「ああ、君は、知らなかったかな。数年前に、奥さんの実家の方の名前をついだって、話だよ。大層な名家らしいから、名目だけでも跡取りが必要なんだろうね。社内では元々の唐木という名を使っているが、戸籍の苗字は三崎というらしい。」
「三崎…？すると、営業部の三崎は、副社長の息子ってことですか？」
「秘中の秘らしいね。」
「では、内密にします。」
「そうしてくれ。今日はもう直帰していいから、明日からは通常出勤で頼む。」と、言いおいて上司は席を外した。
入れ違いにひょっこりと顔を出した三崎は、どこか落ち着かない様子だった。
副社長の息子だと伏せていたのが、おれにばれてしまってどうしていかわからなくなっているのだろう。
「あの…先輩…。秘密にしていてごめんなさい。」
「言えなかったのか。」
「あの…先輩が、この会社の入社試験を受けたって聞いたとき、ぼくは何もしていません。先輩が受かった時に、パ…父に、ぼくも入りたいって言いましたけど、それでもうちではそういう私情は入れないから、きちんと入社試験を受けろと言われました。」
思い詰めた顔で、三崎は必死だった。
思わず、くしゃと髪を混ぜたら、顔を歪めてどんと胸にぶつかってきた。
「け…軽蔑しないでください。先輩の後を追って来たけど、ぼくはずるなんてしてません。」
「可愛いなぁ、三崎。ずっと、まっすぐだったよな。運動神経はなかったけど。」
ふと…一途な三崎が、懸命に雪の中隊長の後を追う、ちびの桃太郎に見えた。
(ノ_・。) …遅くなってしまいました。ごめんね。
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