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淡雪の如く 33 

「大久保!待たないか!」

「……こんな多くの人目がある中で、脱げとおっしゃるのですか?」

「上着を脱いで、シャツの袖口を見せろと言っているだけだ。」

「あなたの恋人になった覚えはありませんから、そういう悪趣味なお誘いはお断りです。」

「まったく……相も変わらず、気に障る減らず口を叩くやつだな。」

苛々としながら良太郎は腕を掴み、後手にねじ上げた。

「あぅっ……!」

「佐藤さま!乱暴はおやめください。」

周囲は、ただ静観していた。
良太郎は、止めに入った詩音を視線で促すと、是道をすぐ脇の空き教室に連れ込んだ。詩音は当然のようについて来ると、そっと後ろ手に扉を閉めた。
気まずい空気が流れ、是道も詩音も視線を彷徨わせたきり、黙りこくっている。

「以前に言ったはずだ。友人になると言ったからには、どうでも心配の種は取り除く。」

「……誰と誰が友人ですか……?」

「もう一度言う、互いのシャツの袖口をまくって見せろ。何もなければ見せられるはずだ。」

「なぜ、ぼくがあなたのいう事を聞かねばならないのです。」

「大久保!脱がせてほしいなら、そう言え。一人で上着も取れないのなら、手を貸してやろうか?」

「ふん。……猪。」

是道が良太郎をきっとねめつけながら上着を取ると、上等の宝石をはめ込んだカフスボタンを、こと……と音を立てて外した。
想像した通り、袖口には包帯が巻かれ、新しい血が滲んでいた。
良太郎がものも言わずに強引に解くと、真新しい傷口が数本の条になり、鮮血が滲んで来た。治りきらない古い傷の上に、いくつも新しい傷が重なっていた。

「君もだ。見せろ。」

詩音の腕にも同じような傷があるが、こちらははるかに浅い。

「君らは一体何をやってるんだ。」

良太郎は二人を前に、思わず深いため息をついた。
先ごろ、帝大の藤村操という美少年が哲学的な悩みを持って、華厳の滝から身を投げて新聞沙汰になったりしている。戦争の機運高まるこのご時勢に、自傷の悪ふざけか……と良太郎は思った。
知ってしまった以上、このままほおっておくわけにもいかなかった。
新しい傷からつっと流れ落ちた血に赤い唇を寄せて、是道が腕の血を舐め取ってゆく。
ぬらと光る目の光が、正気ではない。
ぞっと悪寒が背筋を這い登る。

「……大久保……?どうした?尋常じゃないのか?何故?……何故二人して、こんな傷を作ってるんだ?詩音……?訳を言ってくれないか?」

詩音は観念した。
強張った顔で、言葉を発した。

「……佐藤様には、隠しごとが出来ないようです……。」

「若さまが……ご自分の腕を傷つけるので、御止めする代わりに詩音の腕を差し出しました。若さまは、ご自分には深く肥後守(小刀]を断ち入れますけど、わたくしには気を使って力を抜いてくださるので、いっそ……そのほうがよろしいかと思いました。」

「自傷の理由がわからない。一体、何が有ったんだ、この休暇に。夏季休暇明けから様子がおかしかったが、正月に国許へ帰ってからは人が変わったようじゃないか。まるで……」

狂人のようだと言いかけて、良太郎は言葉を飲み込んだ。
詩音は青ざめた顔を背け、是道を立たせると部屋の外へと誘った。

「若さま。もう佐藤さまの御用はお済みのようですから、お部屋に帰りましょう。シャツが汚れてしまいましたから、お召し換えなさらないと。」

「シャツ……ああ……。本当だ。」

退出間際、若さまがお休みになりましたら菜の花畑でお話しますから、お待ちください……と、詩音がささやき良太郎はこく……と、頷いた。
是道の抱えた闇と、詩音の知る全て。
謎が解けようとしている。




( *`ω´) 良太郎:「まったく、何を考えてるんだ。」

(*´・ω・)(・ω・`*) 主従:「言えないことだってありますよ。」「ね~」

いつもお読みいただきありがとうございます。
寒くなりました。皆様、お風邪など召しませんように。  此花咲耶

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