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淡雪の如く 30 

是道が出て行ったのを確認して、良太郎はため息をついた。

「国許で何かがあったのだな……。まるで、入寮当初のように頑なな主従に戻ってしまったじゃないか、二人とも。」

「むしろ、前よりひどいかな。やっと寮生活にも慣れたと思ったのに、面倒だねぇ。」

これまで一年余り、何とか折り合いをつけながら上手くやってきたのにな……と思うと、良太郎はその原因が気になった。
決して自ら話そうとしない二人からは、聞き出すのも骨が折れそうだ。

「あれ?あんな所で何をやってるんだ、大久保は。」

「どれ……?」

窓に寄った市太郎と二人で眺めたが、どうみても子どものように蝶を追っているように見える。

「いつの間に、出て行ったんだろう。詩音も……?」

先ほどまで寝台にいたはずの詩音が、いつかそっと抜け出して是道の傍らに行ったものらしい。
菜の花畑の二人が寄り添って、仲良く白い花弁のようなモンシロチョウの飛ぶのを眺めているように見える。

「何とか仲直りしようとして、結局詩音が折れたのか?」

「いや、……様子が変だ。ちょっと行って来よう。」

まるで保護者にでもなったような気分で出かけた良太郎は、その場でぞっと血の気が引くことになる。
華桜陰の見事な桜並木は、庭師がついていて葉桜の頃には一斉に消毒が行われる。
これはもう毎年のことだ。
土手の下側の畑は桜の巨木の影になっていた。
畑の持ち主は甘藍(きゃべつ)の取り入れよりも春らしい菜の花の絨毯と桜の取り合わせを眺めて、この季節は絵になるといって喜んでいるらしい。

絵になるといえば、白鶴と詩音も黄色の花の中で舞う花弁に弄られているさまは、極彩色の絵葉書のようだった。
両の手を丸くそろえて受けるようにした詩音の顔は蒼白で、声をかけたら苦しそうに歪んだ。

「詩音?何をしているんだ。まだ休んでいないと……。」

「動くな、詩音。ぼくがもういいと言うまで、じっとしていろ。」
「わ、若さ……ま……。」

「動くなと言ってるだろう!」

是道が数枚の白い花弁を、詩音に向かって投げつけた。

「大久保……君、何をやって……わっ!」

良太郎が一瞬怖気て、言葉を呑んだのも無理はない。

是道は小さな和バサミを握りこんで、菜の花畑で次々に羽化する蝶を片っ端から集めて、羽を切っているのだった。
さなぎから這い出た羽の伸びきる寸前の若い蝶を、甘藍(きゃべつ)の葉の上から優雅に指先でつまむと、次々に残酷に羽を切り落としてゆく。

「大久保!何をやっているんだ!」

生きながらに羽を失った蝶が、もぞもぞと詩音の手のひらで何頭もうごめいていた。
清らかな普賢菩薩の顔に、衆生を救う笑みを湛えて是道は良太郎に向き直った。

「何をしているって……?これは、詩音への罰だよ。」

「蠢いているのを眺めるには、揚羽の方が大きいから面白いのだけど……。この季節にはまだいないから……。」

「悪趣味だ!」

握った鋏を取り上げると、良太郎は是道の頬をぱんと打った。
それほど強く打ったつもりは無かったが、菜の花をなぎ倒して是道は仰向けにどっと倒れ込んだ。





いつもお読みいただきありがとうございます。
寒くなりました。皆様、お風邪など召しませんように。  此花咲耶


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