淡雪の如く 27
それぞれ私室に引き上げた後も、学生達は感動の面持ちだった。
渡米前の達磨の演説に、大いに感銘を受けていた。
「大久保。達磨副総裁の演説は、実に感動的だったね。鳥肌が立ったよ。」
「ええ。実際にあんなことが起きるなんて驚きました。よく無事でいられたものです。」
面白おかしく話していた日本銀行副総裁の苦労を重ねた留学時代の話は、実際には塗炭の辛苦だったに違いない。
何しろ、先ほどの話によると、達磨は藩命により僅か13歳で意気揚々と海外へ留学した経験があったが、横浜の貿易商に足元を見られ学費や渡航費を着服されたということだった。
さらにその商人の両親というのが輪をかけた悪党で、東洋の少年の無知と弱みに付け込み、まんまと騙して年季奉公の書類に署名をさせたのだという。有体に言えば、見知らぬ国で奴隷に売りとばされたという事ですと、達磨は学生たちの笑いを誘った。
華桜陰の生徒たちは、目を丸くして経験談に聞き入った。
若き達磨は、何の身よりも無い外国で、奴隷同然のような生活を強いられ何軒かの家を転々とする苦労を味わったそうだ。
まるで冗談のように気の毒な、偉人高橋是清の実話である。
「でも、その死に物狂いの苦労のおかげで、英語力は早く身に付いたでしょうね。彼の英語は、住人のように完璧らしいです。」
詩音がため息を吐いた。
「机上の文法は、ぼくの頭の中にはなかなか残ってくれなくて、どうにも外国語は苦手です。幾何なら何とかなるのですけど…。」
「そういえば米国南部には奴隷市があったそうだよ、詩音。」
「え?…奴隷市場ですか?この近代の世に…?」
目を丸くした詩音に市太郎が告げた。
「ああ。明治になるほんの10年位前までね。米国は英国からの独立に苦労したと言う話だけれど、文明国とはいえ、そういった点は幼いね。遠い阿弗利加から船で送られてきた者は、相当数いるようだ。」
「まあ……。」
「詩音。君なら、さぞかし向こうで高値が付きそうだ。語学力のために、いっそ売られてみてはどう?英語なんてすぐに覚えられるんじゃないか?」
「ひどいおっしゃりようです、佐藤さま。奴隷だなんて…。」
すねた詩音が言い返すのは、珍しかった。
くくっ……と、珍しく大久保が声をあげた。
「大丈夫だ、詩音。ぼくがどんな未開の土地へでも出向いて、きっとおまえを取り戻すからね。大久保家の財産をなげうっても、詩音を競り落として買うよ。」
「若さまったら、それでは詩音はもう競売にかかっているじゃありませんか…。でも、もし本当にそんなことになったら、絶対に詩音を迎えにきてくださいね。きっとですよ。」
「約束する。」
「でもねぇ、大久保。金は何とかなるとしても、競りの相手が屈強な軍人だったらどうするんだ?羅卒代わりに、いっそ市太郎を雇い入れたほうが賢明かもしれないね。」
「そうか。大男相手に腕づくとなると、さすがに大久保の手には負えないか。用心棒に雇ってくれ。」
「では、若さまと市太郎さまが迎えに来てくださるのを、詩音は一日千秋の思いでお待ちしています。」
「囚われの姫君を王子と共に助ける騎士の役だな。腕が鳴るなぁ。」
「違いない。」
四人は声を上げて朗らかに笑った。
どんなことをしても取り戻すと言われた詩音は、ほんのりと上気しどこか嬉しそうだった。
たまに軽口さえきくようになった大久保と詩音の主従は、友人として他の寮生とも大分馴染んでいたように見える。
きっぱりと同等の友人にならなるが、使用人にはならないと良太郎が意見をしたのが、効を奏したのかもしれない。
良いことだと、皆思って居た。
だが、そんな穏やかな日々は長くは続かなかった…。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。 此花咲耶
(*ノ▽ノ)キャッ 思わず売り飛ばしてしまおうかと思った作者←
違う話になってしまいます。(*´・ω・)(・ω・`*)ネー
渡米前の達磨の演説に、大いに感銘を受けていた。
「大久保。達磨副総裁の演説は、実に感動的だったね。鳥肌が立ったよ。」
「ええ。実際にあんなことが起きるなんて驚きました。よく無事でいられたものです。」
面白おかしく話していた日本銀行副総裁の苦労を重ねた留学時代の話は、実際には塗炭の辛苦だったに違いない。
何しろ、先ほどの話によると、達磨は藩命により僅か13歳で意気揚々と海外へ留学した経験があったが、横浜の貿易商に足元を見られ学費や渡航費を着服されたということだった。
さらにその商人の両親というのが輪をかけた悪党で、東洋の少年の無知と弱みに付け込み、まんまと騙して年季奉公の書類に署名をさせたのだという。有体に言えば、見知らぬ国で奴隷に売りとばされたという事ですと、達磨は学生たちの笑いを誘った。
華桜陰の生徒たちは、目を丸くして経験談に聞き入った。
若き達磨は、何の身よりも無い外国で、奴隷同然のような生活を強いられ何軒かの家を転々とする苦労を味わったそうだ。
まるで冗談のように気の毒な、偉人高橋是清の実話である。
「でも、その死に物狂いの苦労のおかげで、英語力は早く身に付いたでしょうね。彼の英語は、住人のように完璧らしいです。」
詩音がため息を吐いた。
「机上の文法は、ぼくの頭の中にはなかなか残ってくれなくて、どうにも外国語は苦手です。幾何なら何とかなるのですけど…。」
「そういえば米国南部には奴隷市があったそうだよ、詩音。」
「え?…奴隷市場ですか?この近代の世に…?」
目を丸くした詩音に市太郎が告げた。
「ああ。明治になるほんの10年位前までね。米国は英国からの独立に苦労したと言う話だけれど、文明国とはいえ、そういった点は幼いね。遠い阿弗利加から船で送られてきた者は、相当数いるようだ。」
「まあ……。」
「詩音。君なら、さぞかし向こうで高値が付きそうだ。語学力のために、いっそ売られてみてはどう?英語なんてすぐに覚えられるんじゃないか?」
「ひどいおっしゃりようです、佐藤さま。奴隷だなんて…。」
すねた詩音が言い返すのは、珍しかった。
くくっ……と、珍しく大久保が声をあげた。
「大丈夫だ、詩音。ぼくがどんな未開の土地へでも出向いて、きっとおまえを取り戻すからね。大久保家の財産をなげうっても、詩音を競り落として買うよ。」
「若さまったら、それでは詩音はもう競売にかかっているじゃありませんか…。でも、もし本当にそんなことになったら、絶対に詩音を迎えにきてくださいね。きっとですよ。」
「約束する。」
「でもねぇ、大久保。金は何とかなるとしても、競りの相手が屈強な軍人だったらどうするんだ?羅卒代わりに、いっそ市太郎を雇い入れたほうが賢明かもしれないね。」
「そうか。大男相手に腕づくとなると、さすがに大久保の手には負えないか。用心棒に雇ってくれ。」
「では、若さまと市太郎さまが迎えに来てくださるのを、詩音は一日千秋の思いでお待ちしています。」
「囚われの姫君を王子と共に助ける騎士の役だな。腕が鳴るなぁ。」
「違いない。」
四人は声を上げて朗らかに笑った。
どんなことをしても取り戻すと言われた詩音は、ほんのりと上気しどこか嬉しそうだった。
たまに軽口さえきくようになった大久保と詩音の主従は、友人として他の寮生とも大分馴染んでいたように見える。
きっぱりと同等の友人にならなるが、使用人にはならないと良太郎が意見をしたのが、効を奏したのかもしれない。
良いことだと、皆思って居た。
だが、そんな穏やかな日々は長くは続かなかった…。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。 此花咲耶
(*ノ▽ノ)キャッ 思わず売り飛ばしてしまおうかと思った作者←
違う話になってしまいます。(*´・ω・)(・ω・`*)ネー
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