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淡雪の如く 34 

けなげなモンシロチョウが葉裏で眠る中、同じくけなげな従者が秘密を持って月の中で良太郎を待つ。
哀しげに目元を潤ませた詩音が、思いつめたように良太郎に秘密を告げる。
西洋ランプの二分芯の明かり(蝋燭二本分の明るさ)が白い顔だけを白木蓮の花のように浮かび上がらせていた。

「佐藤さま。ご心配をおかけして申し訳ございません。このような所にまでおよび立て致しまして。」

「いいよ。どんな話か分からないから、市太郎にも内密で来たんだ。まずは話を聞いてからと思ってね。」

「あの……実は……若さまの国許の許婚が、御懐妊されたのです。」

思わずどんな暗い話を聞かされるのか、覚悟を決めて来た良太郎は拍子抜けし、咄嗟に明るく詩音の手を取った。

「それは、めでたい。そうか。父親になる大久保にも、祝いを言わねばならんな。祝言は休暇中に済んだのか?」

詩音は、どこまでも苦しげだった。

「御懐妊は……、若さまの吉兆ではございません。戸籍上は若さまのお子様になるはずですが、お種は若さまのものではない……のです。それで若さまは、苦しんでおいでです。」

「……どういうことだ?大久保のご正室になる女性(にょしょう)は、腹に子を持って嫁いできたのか?まあ、上流華族ともなるとそんな話もあるということか?」

「違います。紫子さまは……とてもご聡明でご清純で……お似合いのお美しい方です。」

詩音が語るに、是道と許婚とは、互いに思いあう仲だと言う。公家華族の健康な娘だといい、大久保家当主も婚前の懐妊を喜んでいるらしかった。

「そこに何の、問題がある?順序はどうあれ、不都合など何もない。めでたいばかりの話ではないか。」

「夏季休暇に……国許に帰省した折りに、詩音は……奥さまの言を聞き入れて……思い合うお二人に一服盛りました。湯のみに眠り薬を仕込んで、詩音がお出ししたのです。」

白い顔にはら……と涙が、零れ落ちる。そこからは堰を切ったように、詩音の涙は止まらなかった。

「一服盛った……とはどういうことだ?」

「はい。詩音は……若さまの下さる勿体無い信頼を踏みにじり、許婚の紫子さまの純潔を貶めるため奥様の手に渡ししたのです。すべて……詩音の仕業です……。」

「詩音……?」

「春休暇で帰省した折り、許嫁の紫子さまから若さまにご懐妊が告げられました。若さまには……身に覚えのない驚天動地なお言葉で……それでも何とかお体を労わる様にとおっしゃって……逃げるようにして寮に戻ったのです。まさか……ご懐妊されるとは思わず……。」

脳天気な良太郎にも、今や詩音の苦悩は手に取るようにわかる。
是道の呟いた「詩音に言えまい」と言った言葉の裏は重大だった。
聞いてもいいかと断りを入れて、あえて口にした。

「子どもの親は誰だ?」

「若さまの義兄上さま、貞則さまです。」

良太郎はくらくらと、眩暈がしそうだった。是道の自傷の理由は、余りにも痛ましいものだった。

「……確か以前に君から、大久保の兄上は二人いて、一人は早逝、もう一方は童子のような兄上だと聞いていたが?」

「確かにお心は、幼子のままです。でも……」

目もとに赤みが差して、新しく溜まった涙が今にも零れ落ちそうだ。

「貞則さまは……お体は異常なほど頑健で、奥方様が紫子さまなら健康だから、貞則の子どもも作れるのではないかとおっしゃいました。種を撒くには、上等の畑がいいわね……と。一度だけで諦めるから、手を貸せとおっしゃいました。」

「詩音。何故、そんな理不尽に加担したんだ。若さま大事の君らしくもない。」

「わ……若さまの、お傍から遠ざけると言われました……。奥さまの言いつけを守れないような小姓は、必要ないから……若さまのお傍はおろか……大久保家からも即刻出て行くよう……に……と……。それで、わたくしが……全部、仕組んだのです。」

詩音はその場に崩れ落ちた。

「詩……音は、何としても若さまのお傍に居たかった……。そんな自分勝手が、こんなに若さまを苦しめる事になると……考えませんでし……た。どのように、お詫びしていいかわかりません……。自害も考えましたが、若さまがあのお屋敷でますますお一人になると思うと……できませんでした。」

「詩音。そこまで……。」

顔も知らない大久保是道の義母の言い草を、心底醜いと思う。
これほど一途な詩音の心を踏みにじってまで、守らねばならない旧家の血統に何の価値があるというのだ。
詩音は顔を覆ったまま、声にならない嗚咽に咽んでいた。
悲嘆にくれる詩音が余りに心もとなく、思わず良太郎は胸に抱き寄せた。自傷せずにはいられない是道の胸の内をやっと理解した思いだった。

明治政府を見てみれば、今国を動かしているものは殆どが貧しい士族出身か、武家以外の志のあるものばかりだ。
百姓が幕府を守り、寄せ集めの軍隊が無敵の奇兵隊だったのだ。
眠り薬を盛った詩音と、自傷を繰り返す是道を哀れに思う。
友人になると豪語した自分を、良太郎は恥じた。




( *`ω´) 良太郎:「なんという母上だ。」

(´;ω;`)詩音:「若さま……ごめんね。」

(´・ω・`) 此花:「どんどんえらいことになって行くねぇ……」←


いつもお読みいただきありがとうございます。
寒くなりました。皆様、お風邪など召しませんように。  此花咲耶

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