淡雪の如く 35
腕の中で自分を見上げた哀しげな顔に、つと胸を突かれた。
「詩音……。」
一瞬、血が騒いだ感情の名前を、良太郎はまだ知らない。
溢れる涙で、詩音の瞳はまるで黒曜石さながらの艶を持っている。
清楚な白鶴は細い首を倒し、胸の前で腕を組み猟師の審判を待っていた。
良太郎は無意識に顎を持ち上げると、そっと自然に口を吸った。
身じろぐ詩音の薄い桜貝をこじ開けて、怯えて逃げる桃色の斧足を吸い上げた。
驚きの余り、詩音の目がますます丸く見開かれてしまった。下肢にどっと血が集まった気がする。
「……ううっ……。」
溢れた涙もそのままに、詩音は良太郎の胸に顔を埋めてシャツを濡らした。
良太郎の思いがけない優しさに触れて、思わず縋ってしまった。
酷く責められても仕方がないと思いながら打ち明けた恐ろしい秘め事だった。むしろ、打ちのめされるほど罵られて当然だと思って居た。それほどの所業をしてしまったと、詩音はずっと後悔し自分を責めてきた。
足元に明かりを置くと、良太郎は上着を取り詩音を座らせた。
軽蔑していた流行の男色に足を踏み入れたなどと、考える余裕もない。今はただ泣きぬれる詩音がいじらしく愛おしく……主を傷つけて自分も傷ついた弱り切ったこの従者に、庇護の腕を差し伸べてやらねばと思った。
軽く指が空で抗った後、詩音はおずおずと良太郎の首に手を回した。
ゆっくりと再び顔が重なると身体が倒され、甘藍(キャベツ)の若い草いきれが匂い立つ。
肌蹴たら夜目に浮かぶ滑らかな胸は、滲み一つない白蝋の肌理だ……。
とうの立った甘藍の花々に囲まれて、良太郎は何の違和感もなく初めて男を抱いた。ひそとした闇に響くのは、詩音の吐息のような喘ぎ声だけだった。
切り取られた空間に、二人して浮かんでいるような錯覚にとらわれる。
無音の空間に、頭上からは桜花の花弁が降り注ぎ、人の気配に驚いた紋白蝶が怠惰に舞った。
どこに口を付けても、詩音は甘く溶けた。紅い小柱に触れると撫で上げた指先だけで昂まった詩音は、慎ましく声を抑えて、それからの未熟な荒々しい愛撫に耐えていた。
咬みつくように繰り返される幼稚な長い口吸いから解放されて、ほっと詩音は酸素を求めて喘いだ。
良太郎の切ない怒張に気付き、やがて詩音は洋袴の前立てを解くと顔を埋めた。是道と肌を合わせる時は、そうするのが当たり前だったが、良太郎は子供のように慌てた。
思わず肩を掴んで股間から引きはがそうとする。覚えのある女性の潤みよりも、もっと熱い口中は良太郎をどこまでも追いつめてゆく。生き物のように詩音の口中で舌がうごめき、亀首(かりくび)を締め付けられて、難なく追い詰められた良太郎は爆ぜた。
「……むっ!……し、詩音っ。」
我慢できない吐精の勢いに、思わず詩音を引きはがそうとして、力任せに掴んだ自分に気付いたのは、詩音が離れ腹が冷えたからだった。
ごく……と小さく詩音の喉が鳴る。
細い両肩に、圧された手の跡が赤く筋になって付いていた。
「すまん……。力を入れ過ぎて痣になってしまったな。」
「いいえ、佐藤さま……。出過ぎた真似をしてすみません。花紙の持ち合わせがございませんでした。」
「いや。こちらこそ……。思いがけず世話に……というのもおかしいな。」
「はい。お互いさまです。優しくしていただきました。」
やっと、ふっと綻んだ詩音の微笑にほっとして、良太郎は思わず頭を下げた。
自分の手を心から欲しているのが、是道だと分かっていたのに従者の詩音と肌を合わせてしまったのはまずい……。
これ以上の行為は、何よりも大きな裏切りになると、詩音も内心で散らばりかけた理性を引き寄せて掴んだ。
互いにぎこちなく身じまいをすると、立ち上がった。
「田舎育ちのせいか、どうにも上流華族の性根というものがわからない。何も知らないで、君等を悪く言ったぼくが悪かった。大久保を見捨てるようなことをして悪かった。帰寮したらすぐにも大久保に詫びを入れよう。」
「いいえ。若さまは……佐藤さまのご気性は、きっと十分におわかりです。誰も若さまのお怪我にお気づきではなかったのですから、詩音はお声を掛けていただいたとき、本当はとても嬉しゅうございました、。」
「あの尋常でない大久保の様子に、何があったかもっと早くに察するべきだったな。大体、君らは何でも内に秘めようとするから良くない。ぼくが気が利かないばかりに、可哀そうなことをしてしまった。共に担げば辛い荷は半分の重さになるのにな。」
友人として申し訳なかったと、良太郎は頭を下げた。
「佐藤さま……。」
思わずこみ上げた嗚咽を漏らすまいと、しばらく口を押さえたままこらえていたが、やがて詩音は、若さまの苦しみはそればかりではないのですと、ぽつぽつと話を始めた。
大久保是道が、幼い頃からどれほどの辛酸を舐めてきたか、あの涼しげな白い美貌の横顔がどれほどの苦渋の只中にいたか、切れ切れに話ながら詩音はほろほろ泣いた。
詩音の話を聞き、良太郎は覚悟を決めた。
ヾ(。`Д´。)ノ 是道:「こら~。おまいら、人に内緒でなにやっとんじゃ、ぼけ~かす~!」
(°∇°;) 詩音:「あ……若さま。つい……。」
(〃ー〃) 良太郎:「うん、ついだな。うふふ~」
お読みいただきありがとうございます。
此花咲耶
「詩音……。」
一瞬、血が騒いだ感情の名前を、良太郎はまだ知らない。
溢れる涙で、詩音の瞳はまるで黒曜石さながらの艶を持っている。
清楚な白鶴は細い首を倒し、胸の前で腕を組み猟師の審判を待っていた。
良太郎は無意識に顎を持ち上げると、そっと自然に口を吸った。
身じろぐ詩音の薄い桜貝をこじ開けて、怯えて逃げる桃色の斧足を吸い上げた。
驚きの余り、詩音の目がますます丸く見開かれてしまった。下肢にどっと血が集まった気がする。
「……ううっ……。」
溢れた涙もそのままに、詩音は良太郎の胸に顔を埋めてシャツを濡らした。
良太郎の思いがけない優しさに触れて、思わず縋ってしまった。
酷く責められても仕方がないと思いながら打ち明けた恐ろしい秘め事だった。むしろ、打ちのめされるほど罵られて当然だと思って居た。それほどの所業をしてしまったと、詩音はずっと後悔し自分を責めてきた。
足元に明かりを置くと、良太郎は上着を取り詩音を座らせた。
軽蔑していた流行の男色に足を踏み入れたなどと、考える余裕もない。今はただ泣きぬれる詩音がいじらしく愛おしく……主を傷つけて自分も傷ついた弱り切ったこの従者に、庇護の腕を差し伸べてやらねばと思った。
軽く指が空で抗った後、詩音はおずおずと良太郎の首に手を回した。
ゆっくりと再び顔が重なると身体が倒され、甘藍(キャベツ)の若い草いきれが匂い立つ。
肌蹴たら夜目に浮かぶ滑らかな胸は、滲み一つない白蝋の肌理だ……。
とうの立った甘藍の花々に囲まれて、良太郎は何の違和感もなく初めて男を抱いた。ひそとした闇に響くのは、詩音の吐息のような喘ぎ声だけだった。
切り取られた空間に、二人して浮かんでいるような錯覚にとらわれる。
無音の空間に、頭上からは桜花の花弁が降り注ぎ、人の気配に驚いた紋白蝶が怠惰に舞った。
どこに口を付けても、詩音は甘く溶けた。紅い小柱に触れると撫で上げた指先だけで昂まった詩音は、慎ましく声を抑えて、それからの未熟な荒々しい愛撫に耐えていた。
咬みつくように繰り返される幼稚な長い口吸いから解放されて、ほっと詩音は酸素を求めて喘いだ。
良太郎の切ない怒張に気付き、やがて詩音は洋袴の前立てを解くと顔を埋めた。是道と肌を合わせる時は、そうするのが当たり前だったが、良太郎は子供のように慌てた。
思わず肩を掴んで股間から引きはがそうとする。覚えのある女性の潤みよりも、もっと熱い口中は良太郎をどこまでも追いつめてゆく。生き物のように詩音の口中で舌がうごめき、亀首(かりくび)を締め付けられて、難なく追い詰められた良太郎は爆ぜた。
「……むっ!……し、詩音っ。」
我慢できない吐精の勢いに、思わず詩音を引きはがそうとして、力任せに掴んだ自分に気付いたのは、詩音が離れ腹が冷えたからだった。
ごく……と小さく詩音の喉が鳴る。
細い両肩に、圧された手の跡が赤く筋になって付いていた。
「すまん……。力を入れ過ぎて痣になってしまったな。」
「いいえ、佐藤さま……。出過ぎた真似をしてすみません。花紙の持ち合わせがございませんでした。」
「いや。こちらこそ……。思いがけず世話に……というのもおかしいな。」
「はい。お互いさまです。優しくしていただきました。」
やっと、ふっと綻んだ詩音の微笑にほっとして、良太郎は思わず頭を下げた。
自分の手を心から欲しているのが、是道だと分かっていたのに従者の詩音と肌を合わせてしまったのはまずい……。
これ以上の行為は、何よりも大きな裏切りになると、詩音も内心で散らばりかけた理性を引き寄せて掴んだ。
互いにぎこちなく身じまいをすると、立ち上がった。
「田舎育ちのせいか、どうにも上流華族の性根というものがわからない。何も知らないで、君等を悪く言ったぼくが悪かった。大久保を見捨てるようなことをして悪かった。帰寮したらすぐにも大久保に詫びを入れよう。」
「いいえ。若さまは……佐藤さまのご気性は、きっと十分におわかりです。誰も若さまのお怪我にお気づきではなかったのですから、詩音はお声を掛けていただいたとき、本当はとても嬉しゅうございました、。」
「あの尋常でない大久保の様子に、何があったかもっと早くに察するべきだったな。大体、君らは何でも内に秘めようとするから良くない。ぼくが気が利かないばかりに、可哀そうなことをしてしまった。共に担げば辛い荷は半分の重さになるのにな。」
友人として申し訳なかったと、良太郎は頭を下げた。
「佐藤さま……。」
思わずこみ上げた嗚咽を漏らすまいと、しばらく口を押さえたままこらえていたが、やがて詩音は、若さまの苦しみはそればかりではないのですと、ぽつぽつと話を始めた。
大久保是道が、幼い頃からどれほどの辛酸を舐めてきたか、あの涼しげな白い美貌の横顔がどれほどの苦渋の只中にいたか、切れ切れに話ながら詩音はほろほろ泣いた。
詩音の話を聞き、良太郎は覚悟を決めた。
ヾ(。`Д´。)ノ 是道:「こら~。おまいら、人に内緒でなにやっとんじゃ、ぼけ~かす~!」
(°∇°;) 詩音:「あ……若さま。つい……。」
(〃ー〃) 良太郎:「うん、ついだな。うふふ~」
お読みいただきありがとうございます。
此花咲耶
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