漂泊の青い玻璃 19
琉生が朝、顔を洗っている時、隼人が背後から近づいてくる。
顔色も変えないで、すれ違いざま隼人は、柔らかい二の腕をつねり上げた。
「いたっ……!」
驚いて怯えた目を向けた琉生に、薄ら笑いを浮かべた隼人は、直も手を上げようとする。
「や……めて。隼人兄ちゃん。」
思わず琉生は自分の顔を庇った。
「隼人!何をしている。」
見守っていた尊に、全てを見られたと知った隼人は狼狽した。
思わず視線が泳ぐ。
「罰だよ……。こいつの母親とお父さんが結婚したから、俺のお母さんは家に帰ってこれないんだ。二人が出て行けばいいんだ。そうしたらお母さんは帰ってくるんだ……!そうしたら、何もかも元通りになるんだ。」
「ばか野郎っ!」
隼人の頬がぱんと高い音を立て、隼人はぺたりとその場に座り込んだ。
胸ぐらをつかんだ尊が直も隼人を打ち据える。
「何も知らないくせに、何が元通りだ!ふざけるな!お前に何がわかる。」
「だって、隣のおばさんがそう言ったんだ。琉生が出来たから、お母さんが出て行ったんじゃないかって。琉生は血のつながった本当の弟じゃないのかって。だから帰ってこないんじゃないのか。」
隼人の荒れた原因がやっと分かって、尊はため息をついた。
「呆れた奴だな。どうしようもない話に踊らされて家の中が荒れたら、隣のおばさんが喜ぶだけだ。琉生の方が隼人よりも、よほど大人だ。琉生は誰にやられたんだと聞いても、お前だと言わなかったぞ。身体中、傷だらけにされても何も言わない琉生の気持ちも知らないで、お前は一人だけ傷ついているつもりか。何を吹き込まれたか知らないが、前にも言ったはずだ。いいか、分からないなら何度でも言ってやる。お母さんはお父さんと僕と隼人を捨てて、若い恋人を作って出て行った。だから二度と帰ってこない。僕らは捨てられたんだ。お母さんが出て行った時、お前はまだ小学生だからって、傷つかないように秘密にしていたんだ。」
「……違うっ!そんなのウソだ。……琉生達が来たからお母さんは帰ってこないんだ……お母さんは僕を捨てたりしない。琉生達が出て行けば帰って来るんだ!琉生なんて、あの女と一緒に出て行けばいいんだ!」
「隼人!馬鹿なことを言うな!自分が何を言ってるか分かってるのか!少し考えればわかるだろう?」
「くそぉっ!」
泣きながら尊に殴り掛かった隼人は、反撃を受けて派手にもんどりうった。
馬乗りになったまま、尊は隼人を直も数度殴りつけた。
多量の鼻血が溢れ、隼人の顔と床は朱に染まった。
「いいか。二度と琉生を傷つけるな。今度こんな真似をしたら、許さないぞ。」
「尊兄さんは、俺の兄貴じゃないのかよ!何だよ!俺の味方をせずに、ちび琉生の肩ばっかり持ちやがって!琉生ばっかり可愛いのかよっ!」
「お前が琉生に酷いことをするからだ。卑怯者!二度と琉生に酷いことをしないと誓え!」
直も尊は拳を振り上げた。
「あっ……尊君!駄目っ!」
言い争う声に気付いた母親が、悲鳴を上げて割って入った。
隼人に覆いかぶさり、尊の拳を背中に受けた。
「尊君、隼人君。喧嘩は駄目。お願いだから話をして。理由があるんでしょう?琉生とわたしに不満があるなら言って。」
「あんたに話す事なんてない。」
隼人はうそぶいた。
「そんなはずないわ。わたしと琉生の事が原因なんでしょう?家族なのに、隼人君だけが苦しむことないのよ。お願いだから……言って……わたしと琉生がいるから、いけないのなら、出て行く。隼人君が辛いのなら、無理して家族になる必要なんてないの。血がつながっていない他人同士なんだから、元に戻るだけの事よ。お父さんにはわたしから話すから……あ……。」
「お母さん……?」
「お母さんっ!?」
争う声が怖くて傍から離れた琉生の視線の先で、母は崩れ落ちるように倒れ込んだ。
隼人が思わず伸ばした腕が、辛うじて床に叩きつけられるのを防いだ。
母の意識を失った青ざめた顔、顔に掛かる細く長い髪……
琉生はふいに、倒れてもの言わぬ誰かの白い顔を思いだした。
今は、滅多に思い出さない優しい細い指の持ち主の横で、毎日琉生は眠っていた。
激しい痛みをこらえて、力尽きる前日、琉生の髪を愛おしそうに何度も撫でた。
『琉生……いい子だね。お休み……また、明日ね。』
フラッシュバックした父の顔。
父のことを思いだした琉生は、飛びつくように母に縋り叫んだ。
「やだぁー……っ!死んじゃやだぁーっ!……」
「琉生?」
突然、脳裡に浮かんだ、若くして亡くなった父の面影。
火が付いた様に泣き叫ぶ琉生に驚いた尊は、大丈夫と繰り返し琉生を抱きしめるばかりだった。
隼人はたまらず父の書斎へと走った。
「お父さんっ!お母さんが倒れた!下に来て!」
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
Σ( ̄口 ̄*) お母さんが倒れてしまいました……これからどうなりますやら。 (´-ω-`)ふむ~
琉生はお父さんのことを思い出して、パニックになってしまいました。
悲しいね……(´・ω・`)
顔色も変えないで、すれ違いざま隼人は、柔らかい二の腕をつねり上げた。
「いたっ……!」
驚いて怯えた目を向けた琉生に、薄ら笑いを浮かべた隼人は、直も手を上げようとする。
「や……めて。隼人兄ちゃん。」
思わず琉生は自分の顔を庇った。
「隼人!何をしている。」
見守っていた尊に、全てを見られたと知った隼人は狼狽した。
思わず視線が泳ぐ。
「罰だよ……。こいつの母親とお父さんが結婚したから、俺のお母さんは家に帰ってこれないんだ。二人が出て行けばいいんだ。そうしたらお母さんは帰ってくるんだ……!そうしたら、何もかも元通りになるんだ。」
「ばか野郎っ!」
隼人の頬がぱんと高い音を立て、隼人はぺたりとその場に座り込んだ。
胸ぐらをつかんだ尊が直も隼人を打ち据える。
「何も知らないくせに、何が元通りだ!ふざけるな!お前に何がわかる。」
「だって、隣のおばさんがそう言ったんだ。琉生が出来たから、お母さんが出て行ったんじゃないかって。琉生は血のつながった本当の弟じゃないのかって。だから帰ってこないんじゃないのか。」
隼人の荒れた原因がやっと分かって、尊はため息をついた。
「呆れた奴だな。どうしようもない話に踊らされて家の中が荒れたら、隣のおばさんが喜ぶだけだ。琉生の方が隼人よりも、よほど大人だ。琉生は誰にやられたんだと聞いても、お前だと言わなかったぞ。身体中、傷だらけにされても何も言わない琉生の気持ちも知らないで、お前は一人だけ傷ついているつもりか。何を吹き込まれたか知らないが、前にも言ったはずだ。いいか、分からないなら何度でも言ってやる。お母さんはお父さんと僕と隼人を捨てて、若い恋人を作って出て行った。だから二度と帰ってこない。僕らは捨てられたんだ。お母さんが出て行った時、お前はまだ小学生だからって、傷つかないように秘密にしていたんだ。」
「……違うっ!そんなのウソだ。……琉生達が来たからお母さんは帰ってこないんだ……お母さんは僕を捨てたりしない。琉生達が出て行けば帰って来るんだ!琉生なんて、あの女と一緒に出て行けばいいんだ!」
「隼人!馬鹿なことを言うな!自分が何を言ってるか分かってるのか!少し考えればわかるだろう?」
「くそぉっ!」
泣きながら尊に殴り掛かった隼人は、反撃を受けて派手にもんどりうった。
馬乗りになったまま、尊は隼人を直も数度殴りつけた。
多量の鼻血が溢れ、隼人の顔と床は朱に染まった。
「いいか。二度と琉生を傷つけるな。今度こんな真似をしたら、許さないぞ。」
「尊兄さんは、俺の兄貴じゃないのかよ!何だよ!俺の味方をせずに、ちび琉生の肩ばっかり持ちやがって!琉生ばっかり可愛いのかよっ!」
「お前が琉生に酷いことをするからだ。卑怯者!二度と琉生に酷いことをしないと誓え!」
直も尊は拳を振り上げた。
「あっ……尊君!駄目っ!」
言い争う声に気付いた母親が、悲鳴を上げて割って入った。
隼人に覆いかぶさり、尊の拳を背中に受けた。
「尊君、隼人君。喧嘩は駄目。お願いだから話をして。理由があるんでしょう?琉生とわたしに不満があるなら言って。」
「あんたに話す事なんてない。」
隼人はうそぶいた。
「そんなはずないわ。わたしと琉生の事が原因なんでしょう?家族なのに、隼人君だけが苦しむことないのよ。お願いだから……言って……わたしと琉生がいるから、いけないのなら、出て行く。隼人君が辛いのなら、無理して家族になる必要なんてないの。血がつながっていない他人同士なんだから、元に戻るだけの事よ。お父さんにはわたしから話すから……あ……。」
「お母さん……?」
「お母さんっ!?」
争う声が怖くて傍から離れた琉生の視線の先で、母は崩れ落ちるように倒れ込んだ。
隼人が思わず伸ばした腕が、辛うじて床に叩きつけられるのを防いだ。
母の意識を失った青ざめた顔、顔に掛かる細く長い髪……
琉生はふいに、倒れてもの言わぬ誰かの白い顔を思いだした。
今は、滅多に思い出さない優しい細い指の持ち主の横で、毎日琉生は眠っていた。
激しい痛みをこらえて、力尽きる前日、琉生の髪を愛おしそうに何度も撫でた。
『琉生……いい子だね。お休み……また、明日ね。』
フラッシュバックした父の顔。
父のことを思いだした琉生は、飛びつくように母に縋り叫んだ。
「やだぁー……っ!死んじゃやだぁーっ!……」
「琉生?」
突然、脳裡に浮かんだ、若くして亡くなった父の面影。
火が付いた様に泣き叫ぶ琉生に驚いた尊は、大丈夫と繰り返し琉生を抱きしめるばかりだった。
隼人はたまらず父の書斎へと走った。
「お父さんっ!お母さんが倒れた!下に来て!」
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
Σ( ̄口 ̄*) お母さんが倒れてしまいました……これからどうなりますやら。 (´-ω-`)ふむ~
琉生はお父さんのことを思い出して、パニックになってしまいました。
悲しいね……(´・ω・`)
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