終(つい)の花 東京編 1
江戸への旅は、思っていたよりも苦労の連続だった。
宿場で泊まろうとしても、会津から来たと名乗れば、場末の飯盛り女さえ態度を変える。
「ここはね、あんたたちのような会津っぽが泊まるような旅籠じゃないんだよ。さあ、行ったり行ったり。何処か他をあたるんだね。」
「連れの者は、体が丈夫ではないのだ。せめて布団で寝かしてやりたいのだ。金ならある……」
差し出した札入れを叩き落として、客を引く女はまくしたてた。
「金のあるなしじゃないんだよ。朝敵の会津なんぞ泊めたら、こっちが明日っから朝敵呼ばわりされるって言ってるんだ。いいから、さっさと行っちまいな。それとも、役人を呼んでほしいかい?あんたら、会津から逃げてきたお侍なら、どうせ薩長さんに逆らった身なんだろう?凶状持ちみたいなものじゃないか。」
「おのれっ……!武士を愚弄するかっ。」
一衛は顔色の変わった直正の袖を引いた。
「行きましょう、直さま。宿はほかにもあります。あんな女、直さまが切り捨てる価値もありません。」
「ここは……何度も、江戸へ行くときに交代の下士たちが利用したところなのだ。まさかこのようなところまでが、恩を仇で返すとは……。」
「直さま。ほら、あちらの方に森があります。鎮守の森ならお社があるはずです。神さまならきっと会津の者でも、何も聞かずに泊めてくださいます。参りましょう。」
「そうだな。行こうか。」
一衛に機嫌を取られている自分に気付いて、直正は苦笑した。
これではどちらが年上かわからない。
*****
扉は軋みながら開いた。
社は古びていて、小雪混じりの隙間風が吹き込んでくる。
夜露はしのげても、底から昇る寒さだけはどうしようもなかった。
「床に敷くものでもあればよかったんだが、何もなくてすまないな……。」
「荷物を置けるだけでもありがたいです。それにここなら薩長も来ませんし、少しでも眠りましょう。」
「そうだな。一衛、寒いだろう。おいで。」
「直さま……一衛は……あい。」
もう子供ではないと言おうと思ったが、一衛は幼いころのように直正の懐にすっぽりと抱かれた。
砲撃のない安らかな夜に、大好きな直正と共にいるだけで、一衛は満たされた思いだった。
薄い着物の布を通して、直正の鼓動と体温が伝わってくる。
「温かい……」
「うん。こうしているから、安心してお休み。明日には何とかなるだろう。」
「あい。」
明日など、どうなるかわからない。
今や、会津降人(あいづこうじん)と世間に後ろ指を指される二人だった。
「朝敵」「逆賊」といういわれのない謗りは、江戸への道中、直正と一衛の高い誇りと自尊心を粉々に打ち砕いた。
故郷では秀才の誉れ高かった直正でさえ、身元引受人がいなければ、東京と名を変えた帝都に入ると、職も住むところもを得られない。
会津の名を秘めても、東北から流れてきたものすべてに、世間は厳しかった。
言葉に滲むわずかな訛りに、相手が眉をひそめる。
ほんの少し前まで武士の世で、将軍様が江戸城に居たことも、移り気な人々は忘れかかっているのだろうか。
あれほど攘夷を叫び異国を嫌ったはずの新政府は、倒幕以来、西洋諸国に尾を振りすべてを必死に取り込もうとしていた。
幕府に加担した者達だけが、今や帝に弓を引いた裏切り者よと言われ、どこにいても肩身を狭くして過ごしていた。
二人の旅は、苦労の連続なのでした。
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「一衛、しっかり。」「だいじょぶです……」
宿場で泊まろうとしても、会津から来たと名乗れば、場末の飯盛り女さえ態度を変える。
「ここはね、あんたたちのような会津っぽが泊まるような旅籠じゃないんだよ。さあ、行ったり行ったり。何処か他をあたるんだね。」
「連れの者は、体が丈夫ではないのだ。せめて布団で寝かしてやりたいのだ。金ならある……」
差し出した札入れを叩き落として、客を引く女はまくしたてた。
「金のあるなしじゃないんだよ。朝敵の会津なんぞ泊めたら、こっちが明日っから朝敵呼ばわりされるって言ってるんだ。いいから、さっさと行っちまいな。それとも、役人を呼んでほしいかい?あんたら、会津から逃げてきたお侍なら、どうせ薩長さんに逆らった身なんだろう?凶状持ちみたいなものじゃないか。」
「おのれっ……!武士を愚弄するかっ。」
一衛は顔色の変わった直正の袖を引いた。
「行きましょう、直さま。宿はほかにもあります。あんな女、直さまが切り捨てる価値もありません。」
「ここは……何度も、江戸へ行くときに交代の下士たちが利用したところなのだ。まさかこのようなところまでが、恩を仇で返すとは……。」
「直さま。ほら、あちらの方に森があります。鎮守の森ならお社があるはずです。神さまならきっと会津の者でも、何も聞かずに泊めてくださいます。参りましょう。」
「そうだな。行こうか。」
一衛に機嫌を取られている自分に気付いて、直正は苦笑した。
これではどちらが年上かわからない。
*****
扉は軋みながら開いた。
社は古びていて、小雪混じりの隙間風が吹き込んでくる。
夜露はしのげても、底から昇る寒さだけはどうしようもなかった。
「床に敷くものでもあればよかったんだが、何もなくてすまないな……。」
「荷物を置けるだけでもありがたいです。それにここなら薩長も来ませんし、少しでも眠りましょう。」
「そうだな。一衛、寒いだろう。おいで。」
「直さま……一衛は……あい。」
もう子供ではないと言おうと思ったが、一衛は幼いころのように直正の懐にすっぽりと抱かれた。
砲撃のない安らかな夜に、大好きな直正と共にいるだけで、一衛は満たされた思いだった。
薄い着物の布を通して、直正の鼓動と体温が伝わってくる。
「温かい……」
「うん。こうしているから、安心してお休み。明日には何とかなるだろう。」
「あい。」
明日など、どうなるかわからない。
今や、会津降人(あいづこうじん)と世間に後ろ指を指される二人だった。
「朝敵」「逆賊」といういわれのない謗りは、江戸への道中、直正と一衛の高い誇りと自尊心を粉々に打ち砕いた。
故郷では秀才の誉れ高かった直正でさえ、身元引受人がいなければ、東京と名を変えた帝都に入ると、職も住むところもを得られない。
会津の名を秘めても、東北から流れてきたものすべてに、世間は厳しかった。
言葉に滲むわずかな訛りに、相手が眉をひそめる。
ほんの少し前まで武士の世で、将軍様が江戸城に居たことも、移り気な人々は忘れかかっているのだろうか。
あれほど攘夷を叫び異国を嫌ったはずの新政府は、倒幕以来、西洋諸国に尾を振りすべてを必死に取り込もうとしていた。
幕府に加担した者達だけが、今や帝に弓を引いた裏切り者よと言われ、どこにいても肩身を狭くして過ごしていた。
二人の旅は、苦労の連続なのでした。
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「一衛、しっかり。」「だいじょぶです……」
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