終(つい)の花 東京編 19
翌日、一衛は起き上がれなかった。
肌を合わせたまま離れたがらなかった一衛の頬に、この上なく優しく触れた直正は、いつものように声を掛けた。
「起きなくていい。早めに出るから、一衛はゆっくり寝ておいで。」
「あい……。」
「無理をせぬことだよ。いいね。なるべく早く帰って来る。」
布団の中で、こくりと小さく頷いた一衛は薄く涙を浮かべた。
*****
直正は出仕前、日向の所に出向いた。
全てを知った今、こうなったのは自分にも少なからず非があると思い直していた。
「起きているか?話があるのだが……。」
「はい。何でございましょう。」
夜着のまま一瞬身構えた日向は、昨夜と違い穏やかな直正に安心したようだった。
「昨日は頭に血が上り、取り乱してすまなかった。」
「いえ……こちらこそ、相馬さまのお怒りはごもっともと思っております。」
「それについては、もういい。だが、この上はなるべく一衛に無理をさせないでもらいたい。わたしにとって一衛はかけがえのない大切な弟なのだ。」
「承知しております。」
「病のこともあって迷惑をかけることもあるだろうが、わたしが留守の間、今後も一衛のことを頼めないだろうか。」
「そのつもりでおりました。島原屋の身代がこれほど大きくなりましたのも、一衛さまをご贔屓なさった薩摩の大久保さまの後押しのおかげと存じております。一衛さまには、薩摩さまは身震いするほど嫌なお相手だったようですが、諾(うん)と言っていただいたおかげで、正直助かりました。ご無理を聞いていただき感謝しております。」
「禄が入るようになれば、一衛に掛かる必要な金は渡せると思う。よろしく頼む。」
「相馬さまには、もう信用していただけないかと思っておりました。抜け目のない亡八の島原屋も、会津の真っ白な心根に傾倒してございます。この先はきっと嘘は申しません。お約束いたします。」
「そうしてくれ。結局、わたし達には日向さんしか頼るものがないんだ。」
「はい。心して。」
思いがけず許された日向は、驚いていた。
直正の曇りのない眼にさらされた日向は、自分にささやかでも良心というものがあるなら、胸を開いて見せたいと思った。
一衛に科した、数々の傍若無人な振る舞いさえ許して、直正は自分を信じるという。
もしかすると、一衛は自分に加えられた行為を、何一つ口にしなかったのだろうか。
数か月の間、夜ごと一衛は日向に背後から押さえつけられ、遊女と客の睦事を聞かされ続けた。
いきなり抱いて幼い心が壊れてしまわぬようにとの配慮もあったが、心に反し次第に熟れてゆく一衛の様子を眺めているとき、日向の心はじりじりと嗜虐の火で炙られて、直正が出かけてゆくのが楽しみで仕方がなかった。
大久保だけではなく、密かに訪れた好事家たちの手によって、一衛には加虐の限りが尽くされた。
毅然とした一衛が様々な手淫に耐えながら、ついには陥落し、吐精を戒められたもどかしさに腰を揺らして泣き縋る哀れな様を肴に酒を飲んだ。
亡八の自分さえ、あまりの惨さに思わずその場から席を外したこともある。
なぜこうまでされて自害しないのだろうと、当初、日向は不思議に思っていた。
多くの者が思っていたように、逆賊の会津者を虐げるのに元公家の日向に躊躇はなかった。
都合よく役に立つ間は手のひらで転がして、いずれ死んでも構わないとさえ思っていた。
いざとなったら、島原屋にはお上が付いている。
しかし、直正と二人の様子を見ていれば、次第に互いをどれほど思い合っているかわかる。
日向は一衛の佇まいを雪割草の青い花に例えたが、一本の茎に二輪の花をつけ、支え合って咲く二輪草のほうが似合いではないかと思う。
粗野な輩と比べ、目の前の直正は清々しかった。
全てを受け入れて、直もどこまでもまっすぐに相手を信じようとする会津人の本質を知り、目がくらむ思いで日向は直正を見送った。
本日もお読みいただきありがとうございます。
(〃゚∇゚〃) 「直さま。おとこまえ~♡」
(*つ▽`)っ))「一衛こそ~♡」
Σ( ̄口 ̄*) 「……」←日向
生きにくいほど、まっすぐな二人です。
日向が自分のことを自棄的に言う「亡八」とは、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌 (てい) の八つの徳目のすべてを失った者ということです。人でなしと言う意味でもあります。後、廓の主人という意味もあります。 此花咲耶
肌を合わせたまま離れたがらなかった一衛の頬に、この上なく優しく触れた直正は、いつものように声を掛けた。
「起きなくていい。早めに出るから、一衛はゆっくり寝ておいで。」
「あい……。」
「無理をせぬことだよ。いいね。なるべく早く帰って来る。」
布団の中で、こくりと小さく頷いた一衛は薄く涙を浮かべた。
*****
直正は出仕前、日向の所に出向いた。
全てを知った今、こうなったのは自分にも少なからず非があると思い直していた。
「起きているか?話があるのだが……。」
「はい。何でございましょう。」
夜着のまま一瞬身構えた日向は、昨夜と違い穏やかな直正に安心したようだった。
「昨日は頭に血が上り、取り乱してすまなかった。」
「いえ……こちらこそ、相馬さまのお怒りはごもっともと思っております。」
「それについては、もういい。だが、この上はなるべく一衛に無理をさせないでもらいたい。わたしにとって一衛はかけがえのない大切な弟なのだ。」
「承知しております。」
「病のこともあって迷惑をかけることもあるだろうが、わたしが留守の間、今後も一衛のことを頼めないだろうか。」
「そのつもりでおりました。島原屋の身代がこれほど大きくなりましたのも、一衛さまをご贔屓なさった薩摩の大久保さまの後押しのおかげと存じております。一衛さまには、薩摩さまは身震いするほど嫌なお相手だったようですが、諾(うん)と言っていただいたおかげで、正直助かりました。ご無理を聞いていただき感謝しております。」
「禄が入るようになれば、一衛に掛かる必要な金は渡せると思う。よろしく頼む。」
「相馬さまには、もう信用していただけないかと思っておりました。抜け目のない亡八の島原屋も、会津の真っ白な心根に傾倒してございます。この先はきっと嘘は申しません。お約束いたします。」
「そうしてくれ。結局、わたし達には日向さんしか頼るものがないんだ。」
「はい。心して。」
思いがけず許された日向は、驚いていた。
直正の曇りのない眼にさらされた日向は、自分にささやかでも良心というものがあるなら、胸を開いて見せたいと思った。
一衛に科した、数々の傍若無人な振る舞いさえ許して、直正は自分を信じるという。
もしかすると、一衛は自分に加えられた行為を、何一つ口にしなかったのだろうか。
数か月の間、夜ごと一衛は日向に背後から押さえつけられ、遊女と客の睦事を聞かされ続けた。
いきなり抱いて幼い心が壊れてしまわぬようにとの配慮もあったが、心に反し次第に熟れてゆく一衛の様子を眺めているとき、日向の心はじりじりと嗜虐の火で炙られて、直正が出かけてゆくのが楽しみで仕方がなかった。
大久保だけではなく、密かに訪れた好事家たちの手によって、一衛には加虐の限りが尽くされた。
毅然とした一衛が様々な手淫に耐えながら、ついには陥落し、吐精を戒められたもどかしさに腰を揺らして泣き縋る哀れな様を肴に酒を飲んだ。
亡八の自分さえ、あまりの惨さに思わずその場から席を外したこともある。
なぜこうまでされて自害しないのだろうと、当初、日向は不思議に思っていた。
多くの者が思っていたように、逆賊の会津者を虐げるのに元公家の日向に躊躇はなかった。
都合よく役に立つ間は手のひらで転がして、いずれ死んでも構わないとさえ思っていた。
いざとなったら、島原屋にはお上が付いている。
しかし、直正と二人の様子を見ていれば、次第に互いをどれほど思い合っているかわかる。
日向は一衛の佇まいを雪割草の青い花に例えたが、一本の茎に二輪の花をつけ、支え合って咲く二輪草のほうが似合いではないかと思う。
粗野な輩と比べ、目の前の直正は清々しかった。
全てを受け入れて、直もどこまでもまっすぐに相手を信じようとする会津人の本質を知り、目がくらむ思いで日向は直正を見送った。
本日もお読みいただきありがとうございます。
(〃゚∇゚〃) 「直さま。おとこまえ~♡」
(*つ▽`)っ))「一衛こそ~♡」
Σ( ̄口 ̄*) 「……」←日向
生きにくいほど、まっすぐな二人です。
日向が自分のことを自棄的に言う「亡八」とは、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌 (てい) の八つの徳目のすべてを失った者ということです。人でなしと言う意味でもあります。後、廓の主人という意味もあります。 此花咲耶
- 関連記事
-
- 終(つい)の花 東京編 26 (2015/07/06)
- 終(つい)の花 東京編 25 (2015/07/05)
- 終(つい)の花 東京編 24 (2015/07/04)
- 終(つい)の花 東京編 23 (2015/07/03)
- 終(つい)の花 東京編 22 (2015/07/02)
- 終(つい)の花 東京編 21 (2015/07/01)
- 終(つい)の花 東京編 20 (2015/06/30)
- 終(つい)の花 東京編 19 (2015/06/29)
- 終(つい)の花 東京編 18 (2015/06/28)
- 終(つい)の花 東京編 17 (2015/06/27)
- 終(つい)の花 東京編 16 (2015/06/26)
- 終(つい)の花 東京編 15 (2015/06/25)
- 終(つい)の花 東京編 14 (2015/06/24)
- 終(つい)の花 東京編 13 (2015/06/23)
- 終(つい)の花 東京編 12 (2015/06/22)