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終(つい)の花 東京編 25 

目を輝かせて覗き込む一衛の姿に、懐かしさがこみ上げる。

「ほら。出来た。今度、一太郎が来たら窓から落としてやるといい。風に乗って、少しは飛ぶだろう。」
「そうします……」

ふっと小さく息をつくと、一衛は光る刃物を見つめた。

「直さま……その肥後守(小刀)を……少しの間、貸してください。」
「駄目だ。」
「借りるだけです……から……」
「駄目だと言うのに。一衛の考えることが、わたしにわからないとでも思うのか。」

もみあって取り上げると、悲しげな眼をした一衛は背中を向けた。
置かれてゆく淋しさに、ふと浅はかな考えを見透かされたのが悲しかった。
俯いたまま、肩が震える。
静かに涙していた。

「……一衛の……生きてきた意味は何ですか……?男子でありながら、子もなさず……濱田の家も絶えてしまいます……それならば、いっそと思って、なにがいけないのです……早いか遅いかの違いじゃありませんか……」
「それを言うなら、わたしも同罪だ。先祖と父母の菩提もまともに弔えず、一人で漂泊する勇気もなく、一衛の手を引いた意気地なしだ。」
「そんな……。直さまを責めたわけではありません……ただ、何もできずに一生を終わるのが……悲しかったのです……」
「一衛。何も出来なかったのではない。一衛は、いつでも懸命に生きていた。わたしが知っているだけでは駄目か?」

悲しげに微笑んだ一衛は、抱こうとする直正の手を拒んだ。

「わたしはいつでも一衛の傍にいる。言っただろう?わたしの方が一衛がいないと駄目なんだ。現世でしばらく離れ離れになるのだとしても、悲しむことはない。いつかわたしたちは、自由な魂魄となって共に会津に帰るのだから、泣かずに待っておいで。すぐに薩摩を征討して一衛の元に帰って来る。」
「……あい。」
「すっかり泣き虫になってしまったな。」

ほろほろと涙があふれる。
置いて行かれる寂しさを全身で訴えながら、一衛は抱こうとする直正の体を押しやった。

「い、いけません……九州で病に倒れて、存分に働けなかったらどうするのですか?」
「心残りがあっても、腕が鈍る。一衛が嫌がるから、口は吸わぬ。だが愛しいものを抱きたいと思うのはいけないことか?」

悲鳴のような嗚咽が、喉を裂いた。
内側から燃える劣情は、時々抑えきれなくなって、一衛を苦しめていた。
それは薩摩の男に強引に開花させられたせいなのか、直正を慕うせいなのか、微熱のせいなのか、一衛には見当がつかなかった。
躰を鎮めるために抱いてくれとは、口にできなかった。
顔を覆って、小さな子供のように一衛は泣いた。
直正も又、肌を合わせるのが、一衛の僅かな体力を奪うと理解していた。

「……何もせぬ。こうして出立の朝まで一衛を胸に抱いているだけだ。」
「直さま……あぁ……ん……」
「はは……幼子のようだ。一衛は、変わらぬな。」

最後の夜、二人は抱き合って過ごした。

一衛が深く眠るのを見届けてから、直正は日向にあてて文をしたため九州へと赴任した。




本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
直正は、死に場所を薩摩に求め、一衛を置いて出発しました。
いよいよ、二人の最期が近づいてきました……(´;ω;`)
長らく続いてきました物語も、終わりが見えてきます。   此花咲耶

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