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終(つい)の花 東京編 12 

季節は廻った。

直正はいつものように手弁当をもって、職探しに出かけようとしていた。
未だにうまく職探しをできないで、日雇いばかりしているのはもどかしいが、それでも寝るところがあるのはありがたかった。
その日、一衛は一緒に行きたいと、珍しく頑張っていた。

「今日は雨も降るみたいだし、出かけるのはまた明日にしよう。」
「……でも。」
「雨に当たって、病気が悪くなったら大変だろう?昨夜もわたしが帰ってきたとき、寝付いていたではないか。」
「それは……だって、今日は気分もいいし……」
「一衛……気分がいいなんて嘘をついて、真っ青じゃないか。どうしたんだ……?医者を呼んでもらうか?」

一衛は袖を掴んでいた。

「何でもありません……夢見が悪かったから……。」
「そうだ。仕事の帰りに土産を買って来てやろう。最近、街中では、さいだーという飲み物が流行っているそうなんだ。楽しみに待っておいで。」
「それはようございますね、一衛さま。」

ぴくりと一衛が身じろいだ。
一衛の背後に、いつの間にやら日向が立っていた。家主が直正を見送るのは毎朝の光景だ。
直正は、日向を世話焼きで律儀な男だと思っているが、実はそうではない。
直正が出かけ、一衛が一人になるのを待ちかねているだけだ。

「さぁ、一衛さま。お仕事を探す足手まといになっては、いけませんよ。いつかきっと、良いお仕事が見つかります。日向も気にかけておりますから。」
「何から何まで世話になって、嶋原屋どのには礼の言葉もない。一衛を頼みます。」

直正は頭を下げた。

「はい。一衛さまはお大切に、お預かりいたします。ああ、お伝えするのを、うっかり忘れるところでした。先日、廓のお客様で新政府のお役人が見えて、相馬さまのことをお話ししましたら、是非一度会ってみたいとおっしゃっていましてね。」
「そうか。」
「内務省で、新しい部署ができるとかで、文武共に腕の立つ人を探しているそうなのです。」
「では、さっそく帰りに尋ねてみよう。」

嶋原屋の主人と直正の会話を、浮かぬ顔で一衛が聞いていたのに、直正は気が付かなかった。
仕事の紹介という名目で体よく直正を外に見送って、直正の姿が見えなくなると、嶋原屋はそのまま振り返り一衛の腕をつかんだ。

「一衛さま。逃げようとされましたね?」
「……知らぬ。」
「いいんですよ。真に、北国の方たちは、素直で疑うことを知らぬ律儀な方ばかりです。自分が出かけたのちに、あなたがどんな目に遭っているか知ったら、相馬さまはどういう顔をなさるでしょう。」
「そういって、腹の中でわたし達を笑っていればいい。」
「笑うなどと。感心しているだけでございますよ。……さてと、一衛さま、裏のお仕事をお願いできますか?どうやら相馬さまは、お帰りが遅くなるようですから」
「……断れば、以前のように薬を使うのだろう?」
「腹をくくると眼光が鋭くお強うなりますね。さすがはお武家さまです。」

一衛の双眸がきつく嶋原屋を見据える。
凛とした佇まいは、いまや過去の遺物となった凛々しい武士のものだった。
日向は眩しそうに目を細めた。

「聞き分けがよろしくて、助かります。相馬さまには、精々ご内密にしておきましょう。薩摩の皆様方は、一衛さまの、この吸い付くような真白い雪の肌に、魅せられたようでございますよ。」
「……放せ。」
「つれなくなさいますな。この島原屋も魅せられた一人でございますよ。さぁ……」

ぐっと腰を引き寄せられ、口を吸われた。
息が続かなくなり、打ち上げられた魚のように、一衛はあえいだ。
直ぐに裾を肌蹴られたが、抗おうにも既に体力はなく、ここを出てゆけば、直正の決まりかけた仕官の口も失い、再び二人は路頭に迷うことになるだろう。
固くつむった瞼の裏で、直正が微笑む。

『一衛……さあ、国許に帰ろう。』
『直さま……』

戦に負けるということは、何もかも失うこと。
地に落ちた自尊心すらも泥足で踏みつけられること。
今の一衛は知っていた。




本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)

(つд・`。)・゚「なんか……救いがないような気がする……直さま……」
(*つ▽`)っ)))「大丈夫~」
ヾ(。`Д´。)ノ「てめぇ、こら~!いい加減にしろよ!」

(´;ω;`)記事がちゃんと上がっていませんでした。すまぬ~ 此花咲耶

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