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終(つい)の花 東京編 21 

「人斬り包丁は、もはや用済みの文明開化のご時世だからな。親子三人、地に足をつけて暮らせるなら、どんな仕事でも構わないとわたしも思う。」
「はい。あの……それと、余計なことかと思ったのですが、何かの時にはあたしを頼ってほしくてここまで参りました。病人のお世話は、大変なこともあるでしょうし、邏卒はこれから泊まり込みで訓練があると聞きました。この子を誰かに預けてでも、あたしは恩人の一衛さまのお世話がしたいです。」

生真面目な会津の娘がそこにいた。
きっと、ここまで来るのに考えあぐねていたのだろう。
島原屋は商売熱心な分、遊女の扱いはひどかったに違いないと想像がつく。
中々声をかけられず、表で待っていたお染の気持ちがいじらしかった。

「ありがとう。何かの時には頼らせてもらおう。だが、一衛の病はそれほど重くはないから、心配しなくていい。可愛いややからお染さんを取りあげるわけにはいかないよ。まだ乳飲み子じやないか。一衛もきっとそれを望まないだろう。いつか、一衛の病が良くなったら、二人で牛鍋屋を訪ねることにしようよ。」

お染は明るい顔で大きく頷いた。

「本当ですか?きっとですよ。きっと訪ねてきてくださいね。」
「ああ。」

一衛なら、訪ねてきたお染に余計な心配をかけないで欲しいと望むだろう。
叶うことのない優しい嘘をつきながら、直正はお染の懐から一衛が命をつないだ赤子を抱き上げた。

「いい子だ。丸々と太って可愛いな。名はなんという?」
「はい。勝手に一衛さまの一字を頂いて一太郎と名付けました。会いに来て下るころには、歩いているかもしれません。」
「そうだな。赤子の成長は早い。熱を出したりはしないか?」
「よくご存知ですね。どういうわけか、この子はわけもなく熱をよく出すんですよ。長屋で他のおかみさんに聞くと、赤子のころの男の子は女の子よりも弱いみたいです。熱を出した時に、ひきつけたりしてあたしも亭主も心配しました。」
「赤子の熱には、芹の搾り汁が効くんだ。一度試してみるといい。」
「そうなんですか?」
「一衛が子供のころ、熱を出す度わたしが採って来て飲ませたんだ。ここいらでも川べりにゆけば生えているだろう。名前を一字もらったからと言って、熱を出すところは似なくていいぞ。なあ、一太郎。」
「どうか、よろしくお伝えください。お身体、おいといあそばして……。」
「伝えておく。お染さんも達者でな。」

にっこりと笑う無邪気な赤子をお染めに手渡し、直正は牛鍋をやり手に預けると、急ぎ往来へと出た。
汽車の前を、大きな鐘を鳴らして、案内の少年が走ってゆく。
お雇い外国人が手掛けた西洋風の建物が並ぶ大通りは、まるで見たこともない外国のようだ。
夜にはガス灯の明かりが石畳を照らし、鹿鳴館へと馬車が走る。

直正がどれほど過去に執着しようと、時間は確かに未来に向けて流れていた。
一衛が命がけで守った会津の少女が、会津の男と所帯を持ち、新しい命を抱いていたと教えてやったら、どれほど喜ぶだろう。
一衛が捨てた命で、報われた命がある。
受け継がれてゆく命に、胸が熱くなった。

「良かったな、一衛。」

直正は警視庁へと急いだ。




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)

新しい時代の中を、直正は進んでゆきます。
一衛は病を得て、あまり未来に希望は持てませんが、助けた命がつながってゆきます。
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「良かったな、一衛。」「あい。直さま。」


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