終(つい)の花 東京編 15
島原屋の主、日向は腹を決めた。
これ以上は隠し通すべきではないと思った。
新政府に雇われた以上、いつかは島原屋の奥のことも耳に入るだろう。
「相馬さまには申し訳ございません。内分にしておりましたが、実は……一衛さまには食い扶持以上に、嶋原屋の裏の商いのお手伝いをしていただいております。」
「裏の商い……?一衛は、療養のためにここに身を寄せているはずだが。」
いやな話だと、直正は思った。
「最初は、日向がご無理をお願いいたしました。一衛さまのお姿を見て、どうしても欲しいという方がいらっしゃったのです。」
「何をさせた……!?」
「ですから、島原屋の裏の仕事のお手伝い……と、申しております。詳しくお話したほうがよろしいですか?」
直正は慄然とした。
背中を冷たい汗が流れてゆく。
「事の発端は……島原屋の花魁が足抜けしようとしたのを、一衛さまが助けたことです。花魁の水揚げをしていただくはずの薩摩のお方に、一衛さまとうちの牛太郎との立ち回りを見られてしまいました。」
「それが一衛と何の関係がある?」
「薩摩では、お武家さまの男色がとても盛んなのだそうです。ですから、皆さまとても目が肥えていらっしゃいます。逃げた花魁の代わりに一衛さまを差し出すなら不問にするが、恥をかかせた以上島原屋もただでは済まないと言われました。店が大事なら、一衛さまを寄越せと……。断り切れなかったわたくしは、思い余ってそれを一衛さまのお耳に入れました。」
原因が一衛にあるなら、何とかしてくれと言われて頷かないはずがない。
責任を取れと言われて、逃げるような育ちではなかった。
「病が重くなってからは、さすがにお断りするつもりでいたのですが、通ってくるお客さまは切れず……。仕方なく気分の良い日をお選びいただいて、何度か……お肌をお合わせ願いました。回数はそれほど多くはございませんし、お医者さまにもご相談しております。むしろ近頃は、ご自分から……」
「お前が、そう仕向けたのだろう……?……一衛は……無垢だぞ……。」
「確かに、穢れのないお方でございました。一衛さまは稀にみる……どなたさまも間違いなく極楽往生されるほどの、上品(※じょうぼんじょうしょうの事)の名器でございます。楼閣を営んでいる日向の目に狂いはございませんでした。」
日向の話を聞き、何も知らない自分があまりに間抜けで、直正は呆然としている。
日向は話に虚偽を混ぜながら、都合のいいように告げた。
嶋原屋が楼閣の看板を上げている裏で、時々、見目良い若い男を集めて、政府要人のための隠微な陰間遊びをする特別な場所としても使っている事は、直正も薄々知っていた。
しかし職探しに没頭して、直正は一衛に降りかかった災厄に気付かなかった。
清らかな童子のままの一衛の、手を引いてきたはずだった。
会津の宿敵の手によって、掌中の珠が蹂躙されたと知った直正の顔が、次第に怒りで白くなってゆく。
「一衛を……一衛を!うぬはっ……!」
武家の社会を滅ぼしておきながら、武士の真似事をする薩摩の要人に、一衛を差し出したと知って、はらわたが煮えくり返る思いだった。
虐げられた故国、失った家中を思えば、敵とも思う今の政府要人に肌を許すなど、誰よりも生真面目な一衛が自ら望んだとはとても思えない。
すべて、嶋原屋の仕組んだ罠だと思われた。
火鉢を飛び越え、日向の胸倉を掴んだ。
「嶋原屋っ!うぬが、親切ごかしに我らを拾ったのは、この為の謀り事であったか!わたしが戦乱の中、命を賭して護った大切な者を、けして粗末にはしないという言葉は偽りであったか!武家の一衛に、男女郎(おとこえし)の真似事をさせるとは。そこに直れ!今すぐ、この場でその猪首、貰い受ける。」
「こ、これは……!相馬さま、御静まりください。話せばわかります。だ、誰か……っ!」
「言い訳など聞かぬ!これまでのせめてもの礼に、苦しまぬよう一刀で切り捨ててやろう。そこへ直れ!」
火を噴くような怒りに任せて刀を引き抜き、嶋原屋に突き付けた時、やり手婆に呼ばれた一衛が現れた。
直正のただならぬ気配に、店の者が気を回し、一衛しか止める者はいないと走ったらしい。
「おやめください、直さま。」
「一衛……!」
直正は目を剥いた。
一衛は、直正が見たこともない格好をしていた。
白い地模様の浮いた引きずりの着物はしどけなく奥襟を抜き、黒い細帯は前で垂らし結んでいる。
思わず力が抜け、がたと帳場格子を掴んだ直正の手を引くと、一衛はこちらへと奥の自室に誘い込んだ。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
とうとう直正が、すべての真実を知る日がやってきてしまいました。
一衛のお引きずりのお着物の挿絵を描きたいなぁ……と思いながら、時間が足りず、容保さまの有名な写真も描きたいなぁと思いながら、時間が足りず。(´・ω・`)だめっこ~……
拙作「命・一葉」をベースにして、原形をとどめないほど改稿しております。
何処かで見た気がする~と思っている方、正しいです。(〃゚∇゚〃) ←ぬけぬけ~
お話しも、終盤になってきました。
最後までよろしくお願いします。 此花咲耶
これ以上は隠し通すべきではないと思った。
新政府に雇われた以上、いつかは島原屋の奥のことも耳に入るだろう。
「相馬さまには申し訳ございません。内分にしておりましたが、実は……一衛さまには食い扶持以上に、嶋原屋の裏の商いのお手伝いをしていただいております。」
「裏の商い……?一衛は、療養のためにここに身を寄せているはずだが。」
いやな話だと、直正は思った。
「最初は、日向がご無理をお願いいたしました。一衛さまのお姿を見て、どうしても欲しいという方がいらっしゃったのです。」
「何をさせた……!?」
「ですから、島原屋の裏の仕事のお手伝い……と、申しております。詳しくお話したほうがよろしいですか?」
直正は慄然とした。
背中を冷たい汗が流れてゆく。
「事の発端は……島原屋の花魁が足抜けしようとしたのを、一衛さまが助けたことです。花魁の水揚げをしていただくはずの薩摩のお方に、一衛さまとうちの牛太郎との立ち回りを見られてしまいました。」
「それが一衛と何の関係がある?」
「薩摩では、お武家さまの男色がとても盛んなのだそうです。ですから、皆さまとても目が肥えていらっしゃいます。逃げた花魁の代わりに一衛さまを差し出すなら不問にするが、恥をかかせた以上島原屋もただでは済まないと言われました。店が大事なら、一衛さまを寄越せと……。断り切れなかったわたくしは、思い余ってそれを一衛さまのお耳に入れました。」
原因が一衛にあるなら、何とかしてくれと言われて頷かないはずがない。
責任を取れと言われて、逃げるような育ちではなかった。
「病が重くなってからは、さすがにお断りするつもりでいたのですが、通ってくるお客さまは切れず……。仕方なく気分の良い日をお選びいただいて、何度か……お肌をお合わせ願いました。回数はそれほど多くはございませんし、お医者さまにもご相談しております。むしろ近頃は、ご自分から……」
「お前が、そう仕向けたのだろう……?……一衛は……無垢だぞ……。」
「確かに、穢れのないお方でございました。一衛さまは稀にみる……どなたさまも間違いなく極楽往生されるほどの、上品(※じょうぼんじょうしょうの事)の名器でございます。楼閣を営んでいる日向の目に狂いはございませんでした。」
日向の話を聞き、何も知らない自分があまりに間抜けで、直正は呆然としている。
日向は話に虚偽を混ぜながら、都合のいいように告げた。
嶋原屋が楼閣の看板を上げている裏で、時々、見目良い若い男を集めて、政府要人のための隠微な陰間遊びをする特別な場所としても使っている事は、直正も薄々知っていた。
しかし職探しに没頭して、直正は一衛に降りかかった災厄に気付かなかった。
清らかな童子のままの一衛の、手を引いてきたはずだった。
会津の宿敵の手によって、掌中の珠が蹂躙されたと知った直正の顔が、次第に怒りで白くなってゆく。
「一衛を……一衛を!うぬはっ……!」
武家の社会を滅ぼしておきながら、武士の真似事をする薩摩の要人に、一衛を差し出したと知って、はらわたが煮えくり返る思いだった。
虐げられた故国、失った家中を思えば、敵とも思う今の政府要人に肌を許すなど、誰よりも生真面目な一衛が自ら望んだとはとても思えない。
すべて、嶋原屋の仕組んだ罠だと思われた。
火鉢を飛び越え、日向の胸倉を掴んだ。
「嶋原屋っ!うぬが、親切ごかしに我らを拾ったのは、この為の謀り事であったか!わたしが戦乱の中、命を賭して護った大切な者を、けして粗末にはしないという言葉は偽りであったか!武家の一衛に、男女郎(おとこえし)の真似事をさせるとは。そこに直れ!今すぐ、この場でその猪首、貰い受ける。」
「こ、これは……!相馬さま、御静まりください。話せばわかります。だ、誰か……っ!」
「言い訳など聞かぬ!これまでのせめてもの礼に、苦しまぬよう一刀で切り捨ててやろう。そこへ直れ!」
火を噴くような怒りに任せて刀を引き抜き、嶋原屋に突き付けた時、やり手婆に呼ばれた一衛が現れた。
直正のただならぬ気配に、店の者が気を回し、一衛しか止める者はいないと走ったらしい。
「おやめください、直さま。」
「一衛……!」
直正は目を剥いた。
一衛は、直正が見たこともない格好をしていた。
白い地模様の浮いた引きずりの着物はしどけなく奥襟を抜き、黒い細帯は前で垂らし結んでいる。
思わず力が抜け、がたと帳場格子を掴んだ直正の手を引くと、一衛はこちらへと奥の自室に誘い込んだ。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
とうとう直正が、すべての真実を知る日がやってきてしまいました。
一衛のお引きずりのお着物の挿絵を描きたいなぁ……と思いながら、時間が足りず、容保さまの有名な写真も描きたいなぁと思いながら、時間が足りず。(´・ω・`)だめっこ~……
拙作「命・一葉」をベースにして、原形をとどめないほど改稿しております。
何処かで見た気がする~と思っている方、正しいです。(〃゚∇゚〃) ←ぬけぬけ~
お話しも、終盤になってきました。
最後までよろしくお願いします。 此花咲耶
- 関連記事
-
- 終(つい)の花 東京編 22 (2015/07/02)
- 終(つい)の花 東京編 21 (2015/07/01)
- 終(つい)の花 東京編 20 (2015/06/30)
- 終(つい)の花 東京編 19 (2015/06/29)
- 終(つい)の花 東京編 18 (2015/06/28)
- 終(つい)の花 東京編 17 (2015/06/27)
- 終(つい)の花 東京編 16 (2015/06/26)
- 終(つい)の花 東京編 15 (2015/06/25)
- 終(つい)の花 東京編 14 (2015/06/24)
- 終(つい)の花 東京編 13 (2015/06/23)
- 終(つい)の花 東京編 12 (2015/06/22)
- 終(つい)の花 東京編 11 (2015/06/21)
- 終(つい)の花 東京編 10 (2015/06/20)
- 終(つい)の花 東京編 9 (2015/06/19)
- 終(つい)の花 東京編 8 (2015/06/18)