Café アヴェク・トワで恋して 16
尾上は事務室でしばらく泣いていたが、やがて顔を上げた。
「荒木さん……冷蔵庫の……犯人、俺です。」
ソムリエエプロンのポケットから、カチャリと鍵を取り出すと、尾上は静かにカウンターに置いた。
「これ……勝手に作った合鍵です……」
「そうか。俺も直もロッカーに鍵なぞ掛けないからな。仕事中に抜けて、ホームセンターで作ってきたのか。」
「そうです。……直くんを困らせたくて……」
「直を困らせたかった?……何だ、お前、松本さんが好きだったのか?」
「え……?」
「違うのか?松本さんとうまくいってる直を困らせたかったんだろ?」
「違います……そんなんじゃありません。」
荒木は、そうか……とだけ口にした。
「ひどい顔だな、一度帰るか?明日はシフトに入ってないだろ?」
「……休みです。それって……俺はもう、来なくていいってことですね……。」
「馬鹿。誰もそんなことは言ってないだろう?店が閉まる頃に、もう一度裏口から来い。特別に美味いもの食わせてやるから。」
「荒木さん……?」
「弱っているときは、一人じゃないほうがいい。話聞いてやるから、顔を洗ったらもう一度出て来い。いいな。」
思いがけず、強面の荒木に優しくされて、やっと止まった涙が再び滂沱と流れ始めた。
「あ……荒木さん……荒木さん……すみませんでした。俺……俺……」
荒木のコックシャツが涙を吸って色を変えてゆく。
「参ったなぁ……。え~っと……よしよし。」
困ってしまった荒木が、手の置き場に迷った挙句、ぽんぽんと尾上の頭を撫でた。
*****
招かざる客を送った後、再びcaféアヴェク・トワは、夕刻の短い時間、営業を再開した。
帰宅した客の中には、夕刻に心配して再び顔を出してくれた人もいて、直は残りのキャロットケーキをラッピングして準備した。
「これ、お客さまにお出しできなかったケーキです。」
「わ~、ありがとう~。ランチの?取っておいてくれたの?」
「はい。もし時間がありましたら、食後のコーヒーを飲んでいってください。後、これは店長からお詫びの気持ちです。次回にご利用ください。」
スタッフから手渡されたランチの無料券は、急いでプリントアウトして作ったものだが、客を喜ばせた。
「かえって、気を遣わせてしまったね。」
「いえ。本当にご迷惑をおかけしました。」
「新規で店を構えると、色々なことがあるらしいが、めげずに頑張ってくれよ。うまい昼飯が食える場所ができたって、外回りの連中が喜んでいるからね。」
「はい。皆さまにも、よろしくお伝えください。」
「いやいや。実を言うとね、部下に昼飯をごちそうするのに重宝しているんだよ。何しろ量があって安いうえに美味いからね。小遣いが浮くよ。」
「ありがとうございます。」
笑顔で紳士を送った由美の顔も明るい。
すぐに厨房で働く直に報告に来た。
「あたしが覚えているお客さま、三人も来てくれたよ。良かったね、直くん。」
「普段の接客がいいからだと思う。ありがとう、由美ちゃん。」
「何よ~、やめてよ。みんな、あたしのおかげよ~。」
「あはは……由美ちゃん、なんか店長に似てきたんじゃない?」
「良いよ。あたし、店長の事好きだもん。」
「そうなの?」
「そうよ。でも、店長としてね。安心して、直くんの大事な店長に、手なんて出さないから。」
「わ……ぁ。」
「真っ赤だねぇ、直くん。可愛い。」
うふふと、いたずらっぽく笑った由美に戸惑いながら、向けた直の笑顔は明るかった。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
「荒木さん……冷蔵庫の……犯人、俺です。」
ソムリエエプロンのポケットから、カチャリと鍵を取り出すと、尾上は静かにカウンターに置いた。
「これ……勝手に作った合鍵です……」
「そうか。俺も直もロッカーに鍵なぞ掛けないからな。仕事中に抜けて、ホームセンターで作ってきたのか。」
「そうです。……直くんを困らせたくて……」
「直を困らせたかった?……何だ、お前、松本さんが好きだったのか?」
「え……?」
「違うのか?松本さんとうまくいってる直を困らせたかったんだろ?」
「違います……そんなんじゃありません。」
荒木は、そうか……とだけ口にした。
「ひどい顔だな、一度帰るか?明日はシフトに入ってないだろ?」
「……休みです。それって……俺はもう、来なくていいってことですね……。」
「馬鹿。誰もそんなことは言ってないだろう?店が閉まる頃に、もう一度裏口から来い。特別に美味いもの食わせてやるから。」
「荒木さん……?」
「弱っているときは、一人じゃないほうがいい。話聞いてやるから、顔を洗ったらもう一度出て来い。いいな。」
思いがけず、強面の荒木に優しくされて、やっと止まった涙が再び滂沱と流れ始めた。
「あ……荒木さん……荒木さん……すみませんでした。俺……俺……」
荒木のコックシャツが涙を吸って色を変えてゆく。
「参ったなぁ……。え~っと……よしよし。」
困ってしまった荒木が、手の置き場に迷った挙句、ぽんぽんと尾上の頭を撫でた。
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招かざる客を送った後、再びcaféアヴェク・トワは、夕刻の短い時間、営業を再開した。
帰宅した客の中には、夕刻に心配して再び顔を出してくれた人もいて、直は残りのキャロットケーキをラッピングして準備した。
「これ、お客さまにお出しできなかったケーキです。」
「わ~、ありがとう~。ランチの?取っておいてくれたの?」
「はい。もし時間がありましたら、食後のコーヒーを飲んでいってください。後、これは店長からお詫びの気持ちです。次回にご利用ください。」
スタッフから手渡されたランチの無料券は、急いでプリントアウトして作ったものだが、客を喜ばせた。
「かえって、気を遣わせてしまったね。」
「いえ。本当にご迷惑をおかけしました。」
「新規で店を構えると、色々なことがあるらしいが、めげずに頑張ってくれよ。うまい昼飯が食える場所ができたって、外回りの連中が喜んでいるからね。」
「はい。皆さまにも、よろしくお伝えください。」
「いやいや。実を言うとね、部下に昼飯をごちそうするのに重宝しているんだよ。何しろ量があって安いうえに美味いからね。小遣いが浮くよ。」
「ありがとうございます。」
笑顔で紳士を送った由美の顔も明るい。
すぐに厨房で働く直に報告に来た。
「あたしが覚えているお客さま、三人も来てくれたよ。良かったね、直くん。」
「普段の接客がいいからだと思う。ありがとう、由美ちゃん。」
「何よ~、やめてよ。みんな、あたしのおかげよ~。」
「あはは……由美ちゃん、なんか店長に似てきたんじゃない?」
「良いよ。あたし、店長の事好きだもん。」
「そうなの?」
「そうよ。でも、店長としてね。安心して、直くんの大事な店長に、手なんて出さないから。」
「わ……ぁ。」
「真っ赤だねぇ、直くん。可愛い。」
うふふと、いたずらっぽく笑った由美に戸惑いながら、向けた直の笑顔は明るかった。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
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