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波濤を越えて 21 

それは正樹が高校時代から、折に触れ手を入れ続けた素描の束だった。

「素晴らしいです。本格的に習ってきたんですね」
「技術的にはまだまだですけど、自分と向き合う時間はとても好きです。誕生日プレゼントに石膏像をねだったくらい、デッサンに嵌っていました」
「それはすごい」
「そこの隅に、埃除けの布をかけて置いています。家を出るとき、荷物はあまり持って出なかったのですが、マルスだけはどうしても手元に置いておきたかったんです」

狭い部屋の片隅に、不似合いな大きな家具のように石膏像は置かれていた。

「あなたの家は、ここから遠いのですか?」
「いえ。遠くはありません。僕は……両親を失望させてしまったので、共に暮らせないのです……」
「なぜ……?」

フリッツは正樹の言葉を待っていたが、それ以上正樹は語らなかった。
正樹にとって、過去は辛いものだった。

***

美術大学に合格し、晴れやかに家を出ることになった数年前。
片付けは自分でするからと言い置いて出かけた留守中、良かれと思って部屋の掃除をしに入った母親が、本棚の奥に隠してあった数冊のゲイ雑誌を見つけてしまった。
狼狽えた母親は、慌てて父親に相談し、それは彼の逆鱗に触れた。

「何なんだ、これは!!」

生まれた時から端正な顔をしていた正樹は、良くも悪くも目立つ存在で、親としては誇らしく思うより、むしろ心配が絶えなかった。
外見が軟弱なら、せめて男らしく育てようと父親は試みたが、正樹はスポーツ全般を嫌い、本を広げたり絵を描いたりするのが好きだった。
しかも体も丈夫ではなく良く熱を出す子供で、一粒種の行く末を心配して両親はよくため息をついた。
地元では名家とされる家の親戚筋である正樹の家にとって、発覚したひとり息子の性癖は特異な忌まわしいものでしかなかった。
両親は、事実を受け止めることさえできなかった。

「おまえというやつは……!何を考えているんだ。汚らわしい」

丸めた本を、力任せに胸元に投げつけられた。
いつも親の期待を裏切ってばかりいたような気がする。
普段穏やかで、大きな声を上げたことのない父親が、血相を変えていた。




本日もお読みいただきありがとうございます。拍手やぽちもありがとうございます。
とても励みになっています。(*´▽`*)

明日へと続く正樹の過去は、ちょっと辛いエピソードです。……(´;ω;`)
でも、大事なところなので書いておきます。

私事ですが、最近、やっと文章が書きやすくなってきた気がします。
勿論まだまだなんですけど……やはり、パソコンすら開けず落ち込んでいた半年のブランクは大きいですね。(´・ω・`)
語彙を操れないので、必死で書いています。
ストックとの戦いになっていますが、できる限り頑張りたいです。
これからもよろしくお願いします。


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