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波濤を越えて 第二章 2 

消化にいいものを食べるようにと、昔から主治医に言われている。
内臓に負担をかけないよう、季節に関係なくなるべく体温に近い温度のものを食べるようにと言われた。
あまり丈夫ではない正樹を心配する母は、毎日正樹のために忙しい中、手をかけた料理を作った。
茶わん蒸しが食べたいと言えば、夜には優しい出汁のきいた物が食卓に並んだ。

親元を離れて独りで暮らしていると、これまで当たり前にして貰っていたことが、実は大変な労力の上に成り立っていたとわかる。日常の家事のすべてを、一人でこなすようになって、母親の有難みが身に染みていた。
決してもう共に暮らすことは叶わないだろうが、せめて親不孝を詫びたかった。
大事に育ててもらったのに、両親の期待を裏切って家を出てしまった負い目が、常に心の片隅にある。
もっとうまく言葉を選び、長い時間をかけて理解してもらう方法はなかっただろうか。
自分も動転していたとはいえ、性急すぎた。見つけられたゲイ雑誌を友人のものと嘘をつけば、たぶん半信半疑ながら、少なくともその場は丸く収まったはずだった。

とりとめもない思考を巡らせながら、ぼんやりと待合室に座っていると、近づいてきた子供と目が合った。
パジャマを着ているので、入院患者かもしれない。

「……こんにちは」
「ねぇ。お兄ちゃん。何をかいているの?」

問われて、手元にある病院の冊子に落書きをしていたのだと気づく。

「ああ……これね、茶わん蒸しを描いていたんだ。食べたいなって思ってね」
「エビが入ってる?」
「そうだよ。後、春菊と椎茸。銀杏もね」
「茶碗蒸し好き?お兄ちゃん」
「うん。僕のお母さんがとても上手だったんだ。喧嘩してしまったから、もう作ってくれないんだけどね……」

子どもは不思議そうな顔をした。

「お母さんと喧嘩しちゃったの?」
「そうなんだ」
「ごめんなさいした?」
「……まだなんだ。」
「そう……」

しばらく黙っていた子供は、きらきら光る目を向けた。

「おれの経験からいうとね、謝るのは早い方がいいよ。ママもパパも、ごめんなさいって言ったら笑ってくれたもの」
「そうかな……」
「そうだよ。一緒に行ってやろうか?」
「もう大人だからなぁ……一人で勇気出すかな」
「あの絵を見せてさ、こんな茶わん蒸し作ってくださって言えばいいよ」
「ありがとう。がんばってみるね」

正樹の返事に納得したのか、子供はにこにこと笑った。




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