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波濤を越えて 第二章 5 

翌日は仕事が休みだったので、正樹はしばらく布団の中でまどろんでいた。
考えることは山ほどあった。
昨日、病院で医師に言われたのは、家族に病気の話を伝えること。
そうしますと、即答できなかった。
正直なところ、家を出てからは電話すらかけていない。

一度、仕事先を覗きに来た母親が、もの言いたげな風でこちらを見ていたことがあるが、正樹は近寄るどころか、言葉もかけられなかった。視線をそらし、仕事をしているふりをした。
これ以上、自分のすべてを否定されたら、立っていられなくなる。互いを傷つけあうくらいなら、いっそ遠く離れていた方がましだと思って、両親との関わりを避けてきた。

しかし現実問題として、今はそうも言ってはいられない。
これからかかる医療費の話は、切実な問題だった。
自分でも医療費を何とかできないかと、いろいろ調べてみたが、市役所で借りる一時金には返済義務があり、高額医療費の申請をするにも闘病する身ではどうしようもなかった。
友人の田神を頼れば、きっと何とかしてくれるだろうと思うし、彼の優しい婚約者の茉希も、おそらく喜んで力になってくれるはずだ。
だが、これから結婚式を挙げて新しい生活を築いてゆく二人に、身内でも何でもない自分の事で迷惑をかけるのは耐えられなかった。

「なんとかしなきゃな……」

両親に頭を下げるのは気が重かったが、どう考えてもそれしか方法がないとわかっていた。
のろのろと着替えを済ませ、しばらく足が遠のいていた自宅へと向かった。
母は事務の仕事で出かけていて、昼食の時間に自宅に帰ってくるはずだった。

***

自宅前で、正樹は固まった。
母の姿がそこにあった。

「……お母さん……」
「正樹……あの……あなた、病院に行ったって聞いてけど、大丈夫なの?」
「あ……うん。誰に聞いたの?」
「お母さんのお友達が、あなたを病院で見かけたらしいの。ずいぶん顔色が悪かったけど、どうかしたのって心配してくれて……」
「そう。その話をしようと思って来たんだよ。お願いしたいこともあったし」
「お願い……って?」
「あの……子供のころから、僕に保険を掛けてくれていたでしょう?その保険、使わせてくれないかな……と思って」
「何があったの?」

しばらく会っていなかった親子の時間が動き出した。



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