波濤を越えて 第二章 10
勝手口の外側で、従弟の直が膝を抱えて座り込み、丸くなっていた。
もう泣き疲れてしまったのか、赤い目をしていたが涙は止まっていたようだ。
「直、何しているの?」
「……まあちゃん……」
「そんなところに座っていたら、冷えておなかが痛くなるよ」
優しい従兄の姿を見て、直の涙腺は再度緩んだ。
「まあちゃん。ぼくね、クレープ作ったの……」
「クレープ?直はそんなのが作れるのか。すごいな」
「……お……父さん……作っちゃダメだって……お誕生日おめでとうっていうつもりだったのに……」
直の足元には、一生懸命作ったらしいクレープの残骸があった。どうやら叔父は、皿ごと投げ捨てたらしい。
「捨てられちゃったの……」
「そっか。叔父さんは考え方が古風だもんな」
脳裏に傲岸不遜な叔父の顔が浮かぶ。
ふと見れば、たくさんの蟻が集まって来ていた。
「きっと、これすごくおいしいんだね。蟻さんが大喜びだ。叔父さんも一口食べてみればよかったのに。そしたら、直がどんなにこれを上手に作ったかわかったのに」
「まあちゃん……ぼくね、すごく悲しかった……」
「うん。頑張って作ったのに、捨てるなんてひどいね。直は、叔父さんがおいしかったよって言ってくれるだけで良かったんだろ?」
「……ん……」
とうとう直の涙腺は決壊し、ぽろぽろと頬を伝った。小さな直が、どれだけ頑張ったか正樹にはよくわかる。
手にはいくつかやけどの跡があった。背の低い直の腕が、テーブルの上のホットプレートの縁に当たってしまったのだろう。
母の居ない直は、父をすごく慕っていたが、事業の忙しい父が息子を顧みることはほとんどなかった。祖母と家政婦に預けていれば、何事もなく育つと思っていたのかもしれない。
だが、この多感な少年は、いつも父の手を求めていた。
正樹は縋りついて泣く少年の、体温を感じながら頭を撫でてやった。
震える直の胸の痛みは、親と相いれない自分の痛みと同じものだ。
きっと直も自分と同じような生き方をするのだろうと、予感がした。
本日もお読みいただきありがとうございます。
Caféアヴェク・トワのシリーズの主人公、直くんがちびっこです。直に影響を与えた、正樹の言葉は……?
もう泣き疲れてしまったのか、赤い目をしていたが涙は止まっていたようだ。
「直、何しているの?」
「……まあちゃん……」
「そんなところに座っていたら、冷えておなかが痛くなるよ」
優しい従兄の姿を見て、直の涙腺は再度緩んだ。
「まあちゃん。ぼくね、クレープ作ったの……」
「クレープ?直はそんなのが作れるのか。すごいな」
「……お……父さん……作っちゃダメだって……お誕生日おめでとうっていうつもりだったのに……」
直の足元には、一生懸命作ったらしいクレープの残骸があった。どうやら叔父は、皿ごと投げ捨てたらしい。
「捨てられちゃったの……」
「そっか。叔父さんは考え方が古風だもんな」
脳裏に傲岸不遜な叔父の顔が浮かぶ。
ふと見れば、たくさんの蟻が集まって来ていた。
「きっと、これすごくおいしいんだね。蟻さんが大喜びだ。叔父さんも一口食べてみればよかったのに。そしたら、直がどんなにこれを上手に作ったかわかったのに」
「まあちゃん……ぼくね、すごく悲しかった……」
「うん。頑張って作ったのに、捨てるなんてひどいね。直は、叔父さんがおいしかったよって言ってくれるだけで良かったんだろ?」
「……ん……」
とうとう直の涙腺は決壊し、ぽろぽろと頬を伝った。小さな直が、どれだけ頑張ったか正樹にはよくわかる。
手にはいくつかやけどの跡があった。背の低い直の腕が、テーブルの上のホットプレートの縁に当たってしまったのだろう。
母の居ない直は、父をすごく慕っていたが、事業の忙しい父が息子を顧みることはほとんどなかった。祖母と家政婦に預けていれば、何事もなく育つと思っていたのかもしれない。
だが、この多感な少年は、いつも父の手を求めていた。
正樹は縋りついて泣く少年の、体温を感じながら頭を撫でてやった。
震える直の胸の痛みは、親と相いれない自分の痛みと同じものだ。
きっと直も自分と同じような生き方をするのだろうと、予感がした。
本日もお読みいただきありがとうございます。
Caféアヴェク・トワのシリーズの主人公、直くんがちびっこです。直に影響を与えた、正樹の言葉は……?
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