波濤を越えて 第二章 14
月が変わって、正樹は白い病室の住人になった。
入院生活は長引きそうだったが、両親の助けもあり、お金の心配だけはしなくてもよくなったので、正直心は軽かった。
外出許可をもらって、田神の結婚式にも顔を出した。
パネルに貼った二人の似顔絵を、結婚式場に預けてあった。
検査のたびに体力は削られてゆき、ますます色は白くなってゆく。鏡を見るたびに、憂鬱になる。元々、頑健とは言い難かったが、ベッドに張り付けられているせいで食事が喉を通らずますます細くなってしまった。
「正樹……!」
花婿が花嫁の前で、正樹を抱きしめて泣いた。
「田神……ほら、茉希ちゃんが困っているじゃないか。僕の事はいいから……人が見てるよ」
「病気の事、何で今まで何も言わなかったんだよ。俺達、親友だろ?」
「そうだよ。だからこうしてお祝いに駆け付けたんじゃないか。おめでとう田神。茉希ちゃんを大事にしろよ」
「人の事ばっかり考えてないで、ちっとはわがまま言えよ、ばか」
「お祝い持ってきたのに、ばか呼ばわりは酷いんじゃない?」
「そうだな。あ、そうだ。ウエディングボードありがとう。みんなすごいって驚いていた。さすが、美大出身だな」
「そう……喜んでくれて良かった。あんなことしかできないけど……」
サイズダウンしたせいで、不格好なスーツを気にしながら、正樹も友人達と一緒に写真に納まった。
茉希の友人たちは、初めて見る正樹の作り物めいた美貌に驚いたようだ。
確かに、大理石から削り取ったような形の良い鼻梁も、雪花石膏のような頬も、長いまつげに縁どられた瞳も、薄桃色の唇も、ドレスアップしてその場にいる誰よりも美しかった。
場にそぐわない程に……
「……ちょっと誰、あのひと。超綺麗なんですけど。天使?」
「茉希の旦那の友達だってよ。元カレの間違いじゃないの?」
「失礼よ。でも、どこで知り合ったの?……」
「同級生ですって」
ひそひそとささやく声は次第に大きくなり、無遠慮に耳に届いたが、田神の門出に正樹は不愉快な顔をすることなく穏やかに微笑んでいた。
やがて白い手織りの長いべールを引いた花嫁が、正樹のもとにやってきた。光沢のある白いドレスは華やかな茉希にとてもよく似合っていた。
「正樹さん。素敵なウエディングボードをありがとう。式場の人も来てくれた人も驚いてた」
「ううん。あれぐらいの事しかできないから。茉希ちゃん。田神にはもったいないくらい、すごく綺麗だよ。」
「ありがとう。あのね……ずっと気になっていたんだけど、式の事で忙しくてごめんなさい。田神が食事に誘っても、いつもあたしに気を使って帰してくれていたでしょう?」
「そんなことないよ。でも田神の事だから、面倒事はみんな茉希ちゃんに丸投げにしたんじゃないかって思ってた。いつも僕のせいで二人の時間を潰してしまってごめんね」
「ううん。あたしは正樹さんのファンだもの。田神と正樹さんが一緒にいるだけでどきどきするの」
「茉希ちゃん。そこは田神にどきどきしてあげないと」
「あ、そうか~。それでね、二次会は披露宴が終ったら、このままこの場でするの。病院の時間は大丈夫?」
「今日は特別に、消灯までに帰ればいいんだ。だから、最後まで一緒にいるよ」
「良かった。うれしい」
気取らない二人のやり取りに、遠目に見守っていた茉希の友人たちも輪に入って、楽しい二次会になった。
「そうだ、正樹。フリッツのアドレス教えてよ。結婚報告したいからさ」
「あ……うん。後で送っておくね」
何気なく振ってきた田神に応えた。フリッツと田神がほとんど面識がないと、正樹が気付いたのは大分後の事になる。
本日もお読みいただきありがとうございます。
入院生活は長引きそうだったが、両親の助けもあり、お金の心配だけはしなくてもよくなったので、正直心は軽かった。
外出許可をもらって、田神の結婚式にも顔を出した。
パネルに貼った二人の似顔絵を、結婚式場に預けてあった。
検査のたびに体力は削られてゆき、ますます色は白くなってゆく。鏡を見るたびに、憂鬱になる。元々、頑健とは言い難かったが、ベッドに張り付けられているせいで食事が喉を通らずますます細くなってしまった。
「正樹……!」
花婿が花嫁の前で、正樹を抱きしめて泣いた。
「田神……ほら、茉希ちゃんが困っているじゃないか。僕の事はいいから……人が見てるよ」
「病気の事、何で今まで何も言わなかったんだよ。俺達、親友だろ?」
「そうだよ。だからこうしてお祝いに駆け付けたんじゃないか。おめでとう田神。茉希ちゃんを大事にしろよ」
「人の事ばっかり考えてないで、ちっとはわがまま言えよ、ばか」
「お祝い持ってきたのに、ばか呼ばわりは酷いんじゃない?」
「そうだな。あ、そうだ。ウエディングボードありがとう。みんなすごいって驚いていた。さすが、美大出身だな」
「そう……喜んでくれて良かった。あんなことしかできないけど……」
サイズダウンしたせいで、不格好なスーツを気にしながら、正樹も友人達と一緒に写真に納まった。
茉希の友人たちは、初めて見る正樹の作り物めいた美貌に驚いたようだ。
確かに、大理石から削り取ったような形の良い鼻梁も、雪花石膏のような頬も、長いまつげに縁どられた瞳も、薄桃色の唇も、ドレスアップしてその場にいる誰よりも美しかった。
場にそぐわない程に……
「……ちょっと誰、あのひと。超綺麗なんですけど。天使?」
「茉希の旦那の友達だってよ。元カレの間違いじゃないの?」
「失礼よ。でも、どこで知り合ったの?……」
「同級生ですって」
ひそひそとささやく声は次第に大きくなり、無遠慮に耳に届いたが、田神の門出に正樹は不愉快な顔をすることなく穏やかに微笑んでいた。
やがて白い手織りの長いべールを引いた花嫁が、正樹のもとにやってきた。光沢のある白いドレスは華やかな茉希にとてもよく似合っていた。
「正樹さん。素敵なウエディングボードをありがとう。式場の人も来てくれた人も驚いてた」
「ううん。あれぐらいの事しかできないから。茉希ちゃん。田神にはもったいないくらい、すごく綺麗だよ。」
「ありがとう。あのね……ずっと気になっていたんだけど、式の事で忙しくてごめんなさい。田神が食事に誘っても、いつもあたしに気を使って帰してくれていたでしょう?」
「そんなことないよ。でも田神の事だから、面倒事はみんな茉希ちゃんに丸投げにしたんじゃないかって思ってた。いつも僕のせいで二人の時間を潰してしまってごめんね」
「ううん。あたしは正樹さんのファンだもの。田神と正樹さんが一緒にいるだけでどきどきするの」
「茉希ちゃん。そこは田神にどきどきしてあげないと」
「あ、そうか~。それでね、二次会は披露宴が終ったら、このままこの場でするの。病院の時間は大丈夫?」
「今日は特別に、消灯までに帰ればいいんだ。だから、最後まで一緒にいるよ」
「良かった。うれしい」
気取らない二人のやり取りに、遠目に見守っていた茉希の友人たちも輪に入って、楽しい二次会になった。
「そうだ、正樹。フリッツのアドレス教えてよ。結婚報告したいからさ」
「あ……うん。後で送っておくね」
何気なく振ってきた田神に応えた。フリッツと田神がほとんど面識がないと、正樹が気付いたのは大分後の事になる。
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