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隼と周二 番外編 SとⅯのほぐれぬ螺旋 6 

翌日の夕方5時半、いつものようにやって来た隼は、周二を急かしていた。
「早くいこ、周二くん。あまり遅くなったら迷惑だから」
珍しく二人で出かけるらしい。
「これから、どこかへ出かけるんですか、周二坊ちゃん。隼坊ちゃん」
「おう。隼がどうしても心配だって言うから、ちょっと様子見にな」
「様子見?どなたかの見舞いかなにかですか?」

話しているのが、木本だと気がついて周二は話をやめた。
元々、人の恋路をどうこうするつもりは無い。
「樋渡先輩が、もう二日も学校を無断欠席してるの」
と、話しかけて隼も話をやめたが、木本は思い出した。
二日前、携帯にたった一度蒼太から着信があった。
「二日前って?蒼太は二日前から、音沙汰なしなんですか?」
「ああ」

胸騒ぎに押されるようにして、木本が着信を確認して、蒼太に電話をかける。
長い呼び出し音のあと、やっと出た蒼太の声はしわがれて老人のようだった。
『……は……い……』
「蒼太?どうしたんだ、その声?」
『……き……さ……』
「蒼太?どうしたんだ、蒼太!おい、大丈夫なのか!」
電話の向こうで激しく咳き込む蒼太に、胸騒ぎを覚えた木本はそのまま飛び出した。
「木本っ!待てって!一緒に行くから」
動転して蒼太のところへ向かう木本を、なぜだか「らしい」と周二は思った。

自分は堅気じゃないからまともな恋なんざできないと、生意気にうそぶいてた昔、誰にだって好きな相手に好きだと伝える権利はあると木本が背中を押してくれた。
恋愛の土俵にあがるのは、堅気も893も外人もみな同じに怖いもんなんですよと、木本が言ったのは数年前の話だ。
今の木本をがんじがらめにするのが環境なら、いつかは自分がそれを解いてやろうと周二は思っていた。
若い頃から世間を分かりすぎた男の不器用な恋心は、本人は知ってか知らずか、周囲には分かりやすく駄々漏れだ。
高級外車を操る木本は、今は愛する亡国の姫君を救いに行く白馬の王子のようだった。

「蒼太ーっ?」
叩こうとしたドアに鍵がかかっていないのに愕然としながら、飛び込んだ部屋で木本は哀れな思い人が息絶え絶えになっているのを発見する。

二日前にシャワーを浴びたきり、素肌にガウンを引っ掛けた状態で、蒼太はその場に倒れこんでいた。
何とかベッドのそばに這っていったものの、意識が朦朧としていたようだ
肺に炎症を起こし、40度を超える熱で動けないまま蒼太は、声をかけられても身じろぎもしなかった。
名を呼び、木本がひっくり返して抱え上げるとかすかに微笑んで、力なく床に腕が落ちた。
「蒼太っ!蒼太?おい、蒼太っ!しっかりしろ!」
動けないながら、何とか携帯で誰かに助けを求めようとしたのだろう。
開かれたままの携帯電話を操作して番号を見たとき、木本の唇がかすかに震えた。
この状態で蒼太が求めたのは……
「愛されてんじゃね~か」
携帯を覗き込んだ、周二が言う。
「病院に、連絡付いたよ。先生が直ぐに連れていらっしゃいって」
隼の主治医に連絡が付き、ベッドの確保と診察を約束してくれた。

大切な壊れ物を抱くように、毛布に包まれた蒼太は今、最愛の男の腕の中に居るのも知らず熱にうなされていた。
気が付いて薄く目を開けると、見慣れない白い天井が目に入った。
『ああ……ぼく、死んじゃったんだ……』
声がひどくかすれていた。
視界に木本の優しく微笑む顔がある。
『天使……?ぼくの大好きな人の顔だ……神、さま、ありがとうございます……嬉しい……』
蒼太の天使が、そばに来て頬っぺたをむにっと真横に引っ張った。

「学級文庫って言ってみな、蒼太。」
『がっくう、うん~……?』
見開かれた蒼太の目に、見る見るうちに水滴が盛り上がりどっと溢れた。
きゅっと抱きしめられた骨の太い天使から、蒼太の好きな柑橘系の匂いがする。
『ああ……幸せ、もう夢でも……いいや』
幸せな幻覚を見ていると蒼太は思っていた。

点滴に入れられた眠り薬は蒼太を夢の世界へと強引に誘ってゆこうとする。
今、そこに居る男を失いたくなくて、蒼太は必死にかき付いていた。
「消えちゃう……いやだ……眠ったら、消えちゃう。木本さ……」
いやだ、いやだ、眠りたくないと首を振り求めるがやがて力なく、ぱたりとベッドに沈んだ。
気を失ったように眠る蒼太の目じりに、涙がたまって光っていた。
この上ない優しいしぐさで、木本はそっと唇を寄せた。
枕辺でじっくりと顔を見るのは初めてのような気がする。
青ざめた小さな顔に張り付いた細い髪を払ってやった。

「失礼。」
隼の主治医が入ってきた。
「せんせ。会長の具合はどうですか?だいじょうぶ?」
隼の心配に、笑顔を向けると、医師は木本には硬い表情で問うた。
「あなたが、保護者ですか?」
「まあ、そういうものです。保護者から、委任されてます」
あれからすぐに親に連絡を入れたが、委員会に出席中とかで母親とは連絡が付かなかった。

代わりに大臣秘書という肩書きの冷めた野郎が、先生は政局が大変な時期ですので、申し訳ありませんが直ぐに入院させていただけますかと電話口で冷静に告げた。

「入院費用などは、すべてこちらから病院側に連絡いたしますので、特別室に入院させてください。都合が付けば、一週間以内に数時間、見舞いの時間が取れると思います。付き添いの手配もこちらでいたしますから、以後のご心配には及びません」
木本が嫌味をこめて、もしよろしければ、こちらで責任を持って預かりましょうか?と秘書に告げた所、そうしていただけたらこちらも助かりますと紋切り型の返答があり、あやうく切れそうになった。
必要経費は、請求していただければお支払いしますと、向こうは告げたのだ。

「おい、ここ病院だぞ」
周二の一声で、やっと冷静になれたが怒りで手の震えが治まらないのは、本当は自分に向けてのことだ。
こんなになるまで、ほおって置いたのは誰だ?
電話が鳴ったのを知っていたのに、自分を立て直すのに手一杯で、蒼太を思いやることもしなかった。
もう少し発見が遅れたら、蒼太を失っていたかもしれない。
もし、このまま蒼太に何かあったなら……
「おれの、せいだ」
木本の握り締めた拳が白くなり、血管が浮いた。






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