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隼と周二 番外編 SとⅯのほぐれぬ螺旋 9 

それから数日後。
まだ頬にやつれの残る蒼太は、木本を呼び出した。

あれから毎日、薬を飲む時間になると、飲んだかと確認の電話がかかってくる。
食事の有無、睡眠時間もチェックするようになり、入院して以来驚くべきことに木本はまるで蒼太の過保護な保護者のようになっていた。
蒼太の知る木本とはまるで別人のように違っていたが、それは蒼太がずっと欲しかった恋人のようでもある。

呼び出したのは、都心から外れた田園の広がる場所にある、樋渡家の屋敷だった。
広い屋敷の表玄関に通じる脇道にも、曼珠沙華が紅く群れていた。
人影の無い古い屋敷の奥座敷を、蒼太は木本の腕に縋るようにして案内した。

「ここね、今は誰も住んでいないんです。文筆家の曽祖父の趣味で贅を尽くして建てたのだけど、他の家人の趣味ではなかったので。時々、管理会社が掃除に来ているだけで、今日明日は誰も訪ねて来ませんから、二人きりで過ごせます」

手の込んだ欄間は、びっしりと微細な細工がされていて、目を引いた。
金箔の施された琳派の天井絵などを見ると、かなりの粋人が建てたのだろうと、美術工芸に素人の木本でも思う。
奥の部屋に入り、下がった房を引っ張ると天井に跳ね上げられた格子が、軋みながら降りてきた。

「……すげぇな。これも、動力なのか?」
「ええ。ここね、座敷牢だったんです。誰かを閉じ込めるのに、使ったんです。きっと……」

蒼太の切れ長の目が、木本を捕らえてふふっと細くなる。

「蒼太のひい爺様は、ここを使ったことがあるのか?」
「ええ。最近、知ったんですけど、戦前は有名人の集まる、特殊なサロンだったみたいですよ」
「へぇ……楽しそうだな」

曽祖父が使用したという古い陶製の燭台に、蒼太が見慣れぬ和蝋燭を次々に立ててゆく。
「それは?」
「珍しいでしょう?」
蒼太の準備した蝋燭は、漆黒のもので木本の知るものとは違っていた。

「今夏に出たばかりなんです。これね、炎が揺れるのがとても綺麗なんです。木本さんが普段ショーで使うのは、直ぐ溶ける赤い低温蝋燭でしょう?これは、ただの灯りだから一本で5時間は持ちます。闇の中だと炎が長く立ち上がる方が綺麗だから……。」

古い屋敷はしんと静まり返って、虫の音一つしなかった。
奥まった座敷には、葉擦れの音も聞こえない。
きっと過去に閉じ込められた者が、どんなに泣き叫んでも表に声が漏れることはなかっただろう……見渡しながらふとそう思った。
しゅっと衣擦れの音だけをさせて、蒼太が先に衣類を脱ぎ捨ててゆく。
病み上がりのせいだろうか、柔らかな明かりに浮かぶ酷く心もとない華奢な肢体は白く、逆光に産毛が光ってどこか子供のように幼く見えた。

「木本さんも脱いで……これ羽織ってください。その前に、ぼくに墨の入った背中見せて」

蒼太の望みを叶えてやるといったものの、完璧に主導権を握られているような気がしていた。
一糸まとわぬ姿になると、その背に朱赤の鯉が滝を跳ね上がって昇るのを望まれるまま晒した。
蝋燭の揺れる炎に浮かぶのは、薄く筋肉の乗った引き締まった身体に、緋鯉が飛翔する姿だ。
自分を拾ってくれた先代は龍を勧めてくれた。
だが、木本は自分は先代と同じものは、背負えませんと断った。
龍は自分が守役で預かった周二のほうが似合うと、思っていた。
後漢書にある流れの急な龍門という河を登りきった鯉は、龍になるという伝説になぞらえて、いつかは……と思いを込めた。
これほどの発色をさせるためには、通常よりも深いところに針を刺し色を入れてゆく。
麻酔なしでいれた刺青は、苦痛も酷かったが出来映えは見事なものだ。

「緋鯉の鱗の、一枚一枚のぼかしがすごく綺麗だ。木本さんは、知らなかったでしょう?ぼく……前からずっとこの鯉に触りたかった。緋鯉を胸に直接抱いて、体温を感じたかった」

背後から打ち掛けられて、用意された薄い黄膚(きはだ)色の着物を羽織る。

「やっぱり、この色がすごく似合う……これね、いつか着てもらおうと思って、知り合いの染色家に黄蘗(おうばく)の樹皮で染めて貰ってたんです」

木本は向きを変えると、上気した頬で胸に縋って来た、年下の恋人の饒舌な口をむさぼった。
深く、深く、口腔に差し入れ吸い上げた舌に、逃げながら誘うようにぎこちなく舌先だけつつくように応える蒼太の口元で、ぴちゃと小さな水音が響く。
舌を絡ませただけで、のぼせて息が上がりそうになり、蒼太は顔を背けて深く息を吸った。

やがて蒼太の取り上げたのは、なめしをかけて蜜蝋を含ませた上物の生成りの麻縄だった。
後ろ手に、二の腕を縛めてゆく蒼太の短い息遣いだけが、部屋に響いた。

「んっと、こうしても痛くないですか、木本さん」
「あぁ。つか、色気の無いやつだな。こういうときは名前を呼ぶもんだ」

上腕にやわらかくなめした亜麻色の縄を絡めて行きながら、蒼太は背中に縋って厚い肩を抱いた。

「じゃあ、み、充(みつる)さん」

緩く回しただけの縄目は、素人の蒼太にしては緩いなりにきちんと結び目も拵えてあって、思わず木本は練習したのかと笑った。
拙くおそるおそる縄を操る手と、蒼太の薄い胸が背中に合わさると、鼓動が酷く早いのに気が付いた。
布越しに蒼太の欲しかった男の体熱が伝わってくる。
蒼太は、ついと長い絹布を取り出すと、そっと木本の目に当てた。






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