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明けない夜の向こう側 14 

翌日、施設長が陸の出所を告げた。

家族と一緒に暮らすために、陸は今日、施設を出てゆく。
身の回りのものだけを風呂敷に包んで、陸は何も言わずに見送る子供たちに頭を下げ、車に向かった。
そこに櫂の姿はない。
別れは部屋で済ませていた。

「陸、いい子にして、父ちゃんに可愛がって貰えよ。それと、何でも必死でやれよ。誰にも負けるな。約束だぞ」

「……にいちゃが見てないと、おれさぼるかもしれないよ」

「陸はさぼったりしない」

櫂は言い切って、陸をじっと見つめた。

「おれの弟だからな」

「……うん」

陸はくるりと背を向けて部屋を出た。
これ以上、何かを話したらその場に崩れ落ちてしまいそうだった。

誰もが羨む家族との暮らしに向かう陸を見送る施設の子らには、どれほどあがいてもかなえられない夢だった。
それでも、彼らは精いっぱいの笑顔で陸を祝福した。

「先生。これまでどうもありがとうございました。行ってきます……」

「陸。元気でな。また、会おう」

「はい」

子供たちが周囲を取り囲み、車の窓を叩いた。

「元気でね、陸兄ちゃん」

「さよなら!さよなら!」

走り出した車中で、陸はとうとう我慢できずに顔を覆った。

「陸。顔をあげなさい。これから君は、新しい生活をするのだからね」

膝に手を置いた父の声は、施設長と話していた時とは違い、驚くほど冷ややかだった。

「は、い……」

「ん?……あれは」

運転していた笹崎が、人物に気づいた。
走る車を追いかけて、櫂が必死に追って来ている。

「にいちゃ!?止めて!笹崎さん、お願い、車を止めてください」

「陸――――っ!!陸――――っ!!」

「にいちゃ!どうしたの?」

どんとぶつかるようにして、櫂はドアを開けた陸の懐に飛び込んだ。

「り……陸が泣いているんじゃないかと思ったんだ」

拳で涙をぬぐった櫂は、ひくっと一つしゃくりあげた。

「ごめん……出て行くのを止めるつもりはなかったんだ……。家族と暮らすのが一番いいってわかってる。だけど、陸の荷物が何もなくて……名札が外されるのを見たら……陸がおれの傍から、ほんとにいなくなるんだって思ったら、思わず車を追って走り出してた……」

「にいちゃ……」

「あの、迷惑かけて、すみませんでした……おれ、笑って送るって決めていたのに……」

「にいちゃは、いつもやせ我慢するからな。爪割れちゃったね」

「あ……気が付かなかった」

裸足で砂利道を駆けて来たせいで、親指の爪が割れて血が滲んでいた。

「こんなの傷の内じゃないよ、大したことない。冬だって裸足だったんだから」

「うん」

「じゃ、またな、陸。もう泣くなよ」

「……泣いているのは、にいちゃじゃないか」

思わず笑ってしまいそうになる。
追いかけてくれた櫂の気持ちが嬉しかった。寂しいのは自分だけではない。離れていても、気持ちはいつもすぐ傍に居る。

「この涙は……陸が我慢した分だ」

静かに車内で二人のやり取りを聞いていた陸の父親が、笹崎……と声をかけた。

「その子は医者になりたいんだったな?」

「そう聞いています」

「役に立つと思うか?」

「郁人さまは、お話相手ができて、お喜びになるのではないでしょうか?家を出る際にも、お父さまはいつお戻りになるのかと、何度もお尋ねでしたから。それに、あの子は……櫂くんと少し話をしましたが、とても利発で優秀な子供です。いつか、事業の役にも、郁人さまのお役にも立つと思います。引き取っても損はないかと……」

「医者に……そうか……。郁人の役に立つかもしれんな。野良犬を拾うのに、一匹も二匹もたいして差はないだろう。車を戻してくれ」

「かしこまりました」

陸と櫂に、この会話は届かなかった。もし聞こえていたなら、櫂は決して陸を手放さなかっただろう。
大切に守って来た陸の運命が、この先、父と名乗る男の手で翻弄されてゆくことを、櫂は知らない。
御堂櫂、吉永陸は、期せずして実の兄弟として父の戸籍に入り、この先も共に生きてゆくことになった。




本日もお読みいただきありがとうございます。
一応、これで第一部の終了となります。
引き続き、第二部をよろしくお願いします。

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